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自殺ブーム
自殺がブームだ。皆がこぞって様々な方法で自殺をしている。
トレンドは飛び降りだ。落ちた後に広がる血だまりが天使の羽に見えるのが綺麗らしい。
高ければ高い場所ほど綺麗に羽が生えるらしい。だからどれだけ高い所から飛び降りられるかを競っている。
僕も流行に乗り遅れないように自殺しなければと焦りがある。皆がどんな自殺が良いか。早く死にたいなと大学で話しているのを聞いていると僕も自殺をしなければ皆との輪から外れてしまいそうで怖い。顔見知りの同級生の自殺現場を目撃したことがある。血だまりに倒れる彼女の姿を見て友人たちは口をそろえて「綺麗だ」と言ってスマホで写真を撮っていた。
その取られた写真がSNSで拡散され、評判になっていた。僕は綺麗とは思えず、死にたくないなと思った。ただ、彼女の写真を見ながら称える友人たちの前では言う事はできなかった。
今日もアパートの窓際に座って本をめくっている師匠を眺めながら思う。台所で簡単に作った昼食をちゃぶ台に運ぶ。
「師匠。ご飯できましたよ」
「あー。ありがとう」
返事をしながら立ち上がろうとしない。
「今回は何日ご飯食べてないんですか?」
「んー。三日ぐらいかな」
分厚い本のページをめくりながらぼんやりと答える。部屋の隅に積み上げられている脱ぎ散らかした洋服を拾い上げて洗濯機に放り投げて洗剤を入れてスイッチを入れる。気の抜けた電子音が流れてガタゴトと揺れながら洗濯機が動き始める
「ちゃんとご飯ぐらい食べてくださいよ」
「ああ。ごめん。ごめん」
言いながら本から視線を上げようとしない師匠の側に行って手を取って立ち上がらせるとちゃぶ台の前に座らせる。本を取り上げて床に置いた。そこまですると師匠は諦めたのか本から視線を外して料理に視線を移す。
「おー。相変わらず美味しそうだね」
師匠はにこにこと笑って手を合わせる。
「大したものじゃありませんよ」
「いやいや。凄いものだよ。いつもありがとう。何気に弟子の料理は私の生きる楽しみだからね」
「調子が良い」
ぼやきながらもそれだけの言葉で気分が良くなってしまうので僕も単純だ。二人で手を合わせた後に食事を食べ始める。師匠はゆっくりとだが、美味しそうに食べる。
「そういえば師匠は自殺したいとか焦ったりしないんですか?」
僕はなんとなく聞いてみた。師匠は箸を止めて顔を上げる。
「それは今流行りの自殺のことかな?」
「そうですよ。皆こぞって自殺していますから。僕もしたほうが良いのかなって思ってしまうんですよ」
「そうか。私は自殺したいとは思わないよ」
平然と言って食事を再開し「うまうま」と言いながら食べる。
「どうしてですか? 皆やっているんですよ。自分だけ流行から外れているって怖くないですか?」
「ふむ。確かに怖いな。孤独は怖いよ」
全然怖がっているようには思えない声色で言う。
「でもそれでも私は自殺はしたくないよ。例えそれで孤立しようともね」
「どうしてですか?」
僕は純粋に疑問で聞いてみた。
「だって自殺したら死んでしまうじゃないか」
「……当り前じゃないですか」
師匠は何を言っているんだろう。
「私が死んだら、君が私の世話ができなくなって困るだろう? それに私は痛いのが嫌いなんだ」
にやりと笑って言う。僕も釣られるように苦笑した。
「なんですかそれ」
「あと、君もやらないでくれ。私が困る。だって君が死ぬと私が寂しいからね」
「……やりませんよ。僕だって痛いのは嫌いです」
僕の言葉を聞いて師匠は鼻で笑う。
「そうしてくれ」
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