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「今何歳になったんでしたっけ?」
僕が聞くと美春さんにふわりと笑って答える。
「もうすぐ三歳だよ。ささ、奥に行って。料理はもう準備してあるんだ」
師匠は美春ちゃんを抱っこするとそのままリビングに向かって進んで行く。リビングのテーブルには色とりどりの料理が並べられていた。師匠は美春ちゃんを子供用の少し背の高い椅子に座らせると隣の椅子に座る。僕は師匠の隣に座った。
リビングテーブルは人が出入りできるような大きなガラス窓の近くにありそこからは庭が一望できた。
「今、お茶を入れるね」
春香さんがキッチンに向かう。
「手伝いますよ」
「いいよ。君たちはお客さまだし。私が招待したんだしね」
立ち上がろうとした僕を制して春香さんが言う。師匠は気が付けば「いただきます」と言ってすでに料理を口に運び始めていた。
「師匠ぉ」
呆れ顔で僕が睨みつけると師匠は一瞬箸を止めるがまたすぐに料理に手を伸ばす。
「こんな美味しい料理の前で箸を進めないのは逆に失礼だとは思わないかね? これ何て絶品だぞ」
箸で掴んだサラダの生春巻きを僕の目の前に差し出してくる。食えと視線が言ってくるので仕方なくそのまま口に運ぶ。酸味の効いたソースの味とシャキシャキとした食感が口の中に広がる
「美味しい」
「だろう?」
にやりと笑う師匠。
「お母さんの料理は美味しいよなー」
師匠が美春ちゃんに話しかけると美春ちゃんも大きくうなずいた。誤魔化されたとは思ったものの、もうどうでもいい気分になってため息を吐いた。
「昔から私の料理を美味しそうに食べてくれるから私は嬉しいよ」
僕の気持ちをフォローするように春香さんが言ってくれる。僕たちの前に良い香りのする紅茶が置かれる。
「ありがとうございます」
にこりと笑って春香さんが向かいの席に座る。それからは皆で春香さんの料理を楽しんだ。全ての料理が無くなった時にふと気になったので聞いてみた。
「そういえば、今日は旦那さんはいらっしゃらないんですか?」
僕の言葉に春香さんの表情が強張る。師匠が肘で僕の脇腹を小突く。何かまずい事を聞いたのかもしれないと瞬時に悟ってしまう。
「……去年離婚したの」
「……すいません。そういうつもりじゃ」
僕は頭を下げて謝る。春香さんは手を振って笑顔を浮かべる。
「いいのよ。私も言ってなかったから」
笑顔は浮かんでいたが明らかに無理をしているのは僕の目から見ても分かった。
「実はあの人の浮気が原因でね。きっと私に魅力がなかったんだと思うよ」
「そんな事はないと思います!」
思わず声を大きくして言う。春香さんが「ふふ」と緩く笑う。
「ありがとう。それで、あの人は浮気した女の人と一緒に暮らしたいから離婚してくれと言ってきたの。私は受け入れたわ。美春の親権は私に譲ってくれると言ったし、慰謝料にこの家も受けとったからね」
両手で部屋の中と庭を指し示す。庭には一面に色とりどりの花が並んでいた。土壌が良いのか春香さんの育て方が上手いのか咲き誇ると言っていいほどに沢山の花が綺麗に咲いていた。
「今は在宅で仕事もできるし、生活には困ってないのよ。ま、でもたまに寂しくなることがあるから。今日も二人を呼んだのは私が寂しかったからって言うのもあるのよ」
「そうですか。僕たちに何か手伝えることがあったら何でも言ってください」
「ありがとう。たまに私の家に遊びに来てくれるだけでも充分よ」
力強くうなずいている春香さんを見て強い人だなと僕は思った。
「あー。ちょっと口元汚れちゃったね」
師匠が美春ちゃんの口元をハンカチでぬぐってあげている。そのまま、両手で美春ちゃんの耳をふさいだ。美春ちゃんが不思議そうに師匠の顔を見る。
「春香さんは許せなかったんですね」
僕と春香さんが意味が分からないと言った顔で師匠を見る。しかし、師匠はこちらを見ようともせず庭の花に視線を向ける。
「埋めたのはあそこですか?」
師匠は何を言って。
「……そうね。冬に埋めた彼が春になって綺麗に芽吹いたわ」
春香さんは目を細めながら庭の花を見て笑った。
僕はそれで春香さんの言葉の意味に気が付いて。
庭に咲き誇っている花に視線を向けた。
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