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来た道を戻ったところで、彼女は聖堂の裏へ伸びるもうひとつの道に気が付いた。それは表の道と違って幅が狭く、完全に人の足のみによって造られた道であった。興味本位でその道を辿る。
その道には終わりがあった。
突如現れた断崖によって、ぷっつりと断たれているのである。
マリアは崖の下を覗き込む。
彼女を求めて旅をした、多くの巡礼者たちと同じように。
「まあ。これはまるで――」
一迅の風が、続く言葉を攫っていく。
咄嗟にリベリオは彼女の腕を引いた。はからずも抱き寄せる形になり、彼の広い胸の中で、マリアが驚いて頬を染める。いつもより近い距離で見つめ合った二人は、その短い瞬間を、これから何度も永遠のことのように思い返すのだ。
「……すみません、つい。あなたが墜ちてしまいそうに見えたので」
リベリオは慌てて――けれど、名残惜しそうに――マリアの体を離す。彼女もまた遠退いた温もりに、聞こえないほど小さな溜息を漏らした。
「谷底にあんなに美しい花園があるとは思いませんでした。まるで天国のようでした」
リベリオは答えない。
あの崖の下では、草花は一層の盛隆を見せる。こちらの平原とは、咲き誇る色や形の数が違うのだ。赤や黄色といった同じ名前の色ですら、ひとつとして同じものはなく。見たこともないような異国の植物さえも花を付ける。
天国だ、と彼女が言った花園は、まさしくこの世の果てである。
平原では見ることのできない植物は、いったいどこからその種子を運んで来たのか?
リベリオは、きっといつまでも答えられない。
あれは、巡礼者たちの成れの果て。
褪せぬ乙女を目指して旅をした者たちの終着点。
緩やかに死にゆく世界に絶望した彼らは、乙女の死顔にふたつの感情を得る。
羨望と絶望。
決して朽ちることのない彼女への羨望と。
終わりに向かって歩み続けるしかない自分たちの生に対する絶望。
彼らはそのふたつの感情だけを胸に抱いて、谷底への道を辿るのだ。
あの花園は、巡礼者たちの遺体を苗床に生い茂ったもの。
そんな真実を、彼女だけは知らなくていい。
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