ソヨンとリョウ

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 山間部にある過疎地の村――【カチャ】に国王直属の商団民である男と、王宮からの遣いが来たのは突然の事だった。 芋や菜っ葉ぐらいしか採れないこんな辺鄙な村に何用だろうかと、村長はもとより、村民達は皆、息を飲んだものだ。 「この村でございます。トマ参官」 恭しく商団民の男はそう言うと、トマと呼んだ長駆の男に頭を垂れる。 男は、次の瞬間声を張った。 「この村にいる13歳から17歳までの女子を今すぐ並べよ!」 その一言で始まった異質な時間。 トマは、10名足らずの女子を眼前に舐めるような視線を投げた。そして、1人の少女の前で視線を止める。 馬からおり、少女の顔をしげしげと見つめる。下から覗き込むように。 その時、村民たちは、彼が少し華美な服を身にまとっているのが見て取れたのだった。髪の生え際に黒のヘアバンドをしているが、そこに金色の刺繍が見える。この男、どうやらそこそこ地位の高い官職らしい。 「お前、名前は?」 トマ参官はその少女に訊いた。 「リョウと申します……」 「よし。この娘を3日後に貰い受けに来る。それまで小綺麗にしておけ」 その言葉を聞いて、リョウの妹であるソヨンは列から飛び出した。 「そんな急に! うちの姉をどうするおつもりです!?」 「王宮で働いてもらうのだ。王妃様の命令だ」 「お、王宮で……? な、何故です?」 「気に入らぬか?」 「い、いえ、そういうわけでは……」 ギロリと睨まれ、ソヨンは口を閉じ視線を下げた。この王国で命令に従わないのは死を意味することだと、彼女は15歳にして弁えていた。 自分は容姿端麗ではない。 姉の方が頭脳も長けているし、美貌もある。だから気に入られるのもわかるけれども……それでも、ソヨンにとって肉親と呼べるのは、この姉ひとりだけだ。両親は産まれた時から亡くなっていた。 「ソヨン、大丈夫よ。もし王宮で働けばたくさん美味しいものを買ってあげられるかもしれない。沢山働いて仕送りするわ」 美しい声で朗らかに言う姉は、こんな時でもどこか腹を括っているような言葉を吐く。 「ハハ! そうだな。王様に気に入ってもらえれば妾になる事も許されるぞ。希望を持つといい。では、3日後に」 満足そうにそう言い残して、トマ参官は数人のお供を連れて去っていったのだった。それは嵐のような出来事だった。 ――それから暫くして、王宮にてお世継ぎ問題が持ち上がっており、妾候補を探しているのだという噂をソヨンは聞いたのだった。 * 「そーかー、それでアイツらはここにまで来たんだやなあ」 ソヨンの幼なじみであるリクは、ソヨンとお茶を飲んでいる時、呑気にそんなことを言った。 「だって、リョウの美貌は噂になるよ、そりゃ。姉妹だって思えねーくらいだもんな。はは! きっと噂を聞きつけて来たんだよな」 「あんたねぇ、リョウの身に何かあったらどうする気なのよ? そんなこと呑気によく言ってられるわね!」 「おいおい、王宮に連れていかれて、とって食われるわけでもないだろうし。お前がこの村でちゃんと1人前になって生活出来ればいい話だろう?」 「う……っ」 そう言われればぐうの音も出ない。 確かに姉に頼りすぎな自分は正さないといけないのかもしれない……。 昔からよく出来すぎる姉。 占いや薬学にも興味を持ち、昔から勉強することに時間を惜しまない。文字だって綺麗に書ける。でも……。 これって本当に幸せへの道なの? 「王様ってさ、すげぇカッコイイらしいぜ? 金持っててさ。オイラたちには分かんねえ世界で悠々とお暮らしなのさ。それに……もしお前がここで一人になるのが不安だっていうんなら……オイラ……」 「あ! リョウ!!」 その時、低い民家の土塀からリョウの結わえた髪の毛が見えた。 「あ! ソヨン! リクもこんな所にいたのね。ちょっとお話があると村長様が仰ってるんだけど、いいかしら? 一緒に行きましょう」 その言葉にソヨンは頷いた。 きっと、アレだ。 ――自分たちの出生のことを明かしてくれるのかもしれない。
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