第3章「一人で実家帰りと思ったら」

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   千里と琉生と三人で飲んだ夜から、水木金と過ごした。  木曜からは午後の授業も始まって、部活の見学会もスタート。  提出される書類のチェックとかもあるし、もう本当に忙しくて、琉生とも千里とも、その三日間は仕事以外のことは、あまり話せなかった。  そして、土曜日の午前中。東京駅で待ち合わせをしているのだけれど。 「琴葉―おはよー」 「おはよう、琴葉ちゃん。久しぶり」  現れたのは、千里と健司さん。 「おはよ、千里。おはようございます、健司さん。今日はありがとうございます」 「いやいやこちらこそ。ちょっと旅行気分だし」  久しぶりに会ったけど、相変わらず、優しい笑顔。背が高くてすごく強そう。いつもおっきい熊さんを思い浮かべる。笑顔が優しいから、ちょっと可愛い熊さんなんだけど。 「それより大変だったね、春樹くんとそんなことになるとはね……」 「あ、もうそれ以上言わなくていいよ? 楽しい旅なんだし」  健司さんは速攻で千里に止められてる。クスッと笑ってしまいながら、「大丈夫ですよ」と言うと、健司さんは、私を見て微笑む。 「少し千里には聞いてたけど元気そうでよかった」  優しい言葉に、「ありがとうございます」と微笑み返す。 「その、王子くん、はまだ?」 「王子くん……は、まだですね……。でもよかったのかなあ、ほんとに。実家に一緒にとか……」 「だって清水先生が行きたいって言ってたし。良いんだよ、私も居るし、健司も居るし、ちょっと遊びに行くって感じで、後ろめたいこともないしさ」 「千里がずっとそう言うから、なんかその気になっちゃったけど……」 「いいのいいの、気にしない、楽しもう」  明るく言う千里に苦笑い。その時。狙ったみたいなタイミングで。 「こんにちは。遅くなってすみません」  良く通る優しい声が後ろから響いて、振り返ると琉生が近づいてきて、隣に立った。 「別に遅くないですよ。時間前だし」  千里が言うと、隣で健司さんが、「おーほんとにイケメンだね」と笑う。琉生は、はは、と笑って、「健司さん、ですよね?」と答える。 「そう。清水先生……何て呼ぶ? 琉生くん、でいっか」 「はい。よろしくお願いします」  なんだか会ってすぐでとっても仲良しな感じで笑い合ってる。  千里と健司さんは似た者夫婦で、すごくオープンだし、人との距離が近い。  琉生は少し違うタイプだと思うんだけど、なんか千里ともだし、健司さんとも、なんだかとても、するーっと交じり合う感じ。人当たりがすごくいいからかなあ。  一通り挨拶を終えた後、琉生が私を見下ろした。 「おはよ、琴葉」  完全に呼び捨てだし。敬語じゃないし。学校とは違う。にっこり笑う琉生に、辛うじて、おはよう、と返す。  白シャツにネイビーのニット、黒のスキニーパンツで、グレージュのスプリングコート。なんかほんとにオシャレ。そんな派手な格好じゃないのに、やたら目立つ。  学校でスーツやワイシャツ姿は、少し見慣れてきたし、先生として敬語で話すなら、なんとか平常心を保てるようになってきたこの数日。  あぁ、なんかやっぱり、先生のフィルターがとれちゃうと、ドギマギ、してしまう。  戸惑いながらも、琉生みたいな人だと結構誰でもそうなんじゃないかなと諦めつつ。  そういえば千里はときめくとかないのかなと聞いてみた時のことを思い出す。  イケメン過ぎるのはちょっと、と笑って、「体も健司みたいなのが好きだし。正直、清水先生には全然興味ない。好みの問題じゃない?」と、あははと笑い飛ばされたのを思い出して、ちょっと可笑しくなってしまう。  四人で新幹線に乗って、私の隣に千里、前に琉生。琉生の隣が健司さん。  ほんとなら、春樹と二人の予定だった。  ……その後、一人のはずだった。  千里が来てくれることになって、健司さんが加わって、なぜか琉生も。  どんな四人か。とツッコミを入れたくなるけど。  一人だったら絶対に感じていただろう寂しさは、感じずにいられて、本当にありがたいなと思う。
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