第1章 ベトナム帰還兵 死闘編(2)

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第1章 ベトナム帰還兵 死闘編(2)

 翌日からヴィトは、アーミーコートから一変、黒いスーツを着るようになった。  ジョニーは白、ヴィトは黒、二人はスーツを着込んで仕事に出る。  二人の仕事は借金の取り立て、殴り合いの喧嘩。下っぱの人間のやることだが、真面目に取り組んだ。  ヤクザにはヤクザのルールがあり、上下関係も厳しい。  それでも二人は辞めたいと思わなかった。  今に比べると、以前の暮らしはひどく惨めだったからだ。  今はいいマンションに住み、車を持ち、女を抱ける。  トニーの元で指示に従い、二人で仕事をこなすうちに、ヴィトとジョニーはトニー組の中でも、一目置かれるコンビになっていた。  特にヴィトはベトナム帰りで喧嘩が強かったため、二人を信頼する者達も増えていった。  ある日、二人がトニーに呼び出されて事務所に行くと、スカレッタファミリーの幹部達が座っていた。その中に、会計士のヴィクターがいた。二人に気づいたヴィクターは 「実はお前達に特別な仕事をしてもらいたい。男を一人殺して欲しい。そいつはうちの組の情報を、敵に流したタレコミ屋で、制裁を加えなきゃならない。殺した後、これで男の耳を切り落とせ」  そう言って、刃先の長いナイフをテーブルに置いた。  ジョニーは驚いていたが、ヴィトは黙って頷き、ナイフを受け取ると、ジョニーに渡す。 「それと、コイツもだ」拳銃を置く。 「弾は練習用も含めてだ。ターゲットを片付けたら、銃は壊して捨てろ。ヴィト、お前は帰還兵だ、外すなよ」  ヴィクターはヴィトに弾の袋を渡す。 「任せてください」 「兄貴……殺らなくちゃいけねぇのか…」  ジョニーはビビった様子だ。 「殺るしかねぇだろ」  二人は人の来ない隠れ家で練習した。  この仕事は短時間で完了しなければならない。  ジョニーは腹を決めて、肉を素早く20秒で切り落とす作業、ヴィトは空き缶を置いて射撃練習。  久しぶりの射撃は6発中4発命中した。  ヴィトは、ターゲットのフレッド・シナトラを近距離で確実に殺ると決めた。  数日後、ヴィトはトニーからのシナトラ殺害命令を、タバコを吸いながら待っていた。  電話が鳴る。 「ヴィトです」 「トニーだ。シナトラが出てくる。奴は今日チャイナタウンで食事をした後、取り立てに行く。決まったルートで人目につかない路地を通る。そこを狙え」  トニーからのGOサインに、二人はチャイナタウンに急ぐ。  チャイナタウンは祭りで大賑わいだ。紙吹雪が舞い、あちこちで爆竹が鳴り響き、獅子と龍が舞をしている。  二人は教えられた店のはす向かいのビル陰で待つ。  すると、シナトラが店から出てきた。白いスーツ姿の小太りの中年。  やはり、取り立てに行くようだ。  ヴィトは装填を確認すると、銃を持つ右手を手首までタオルで巻き、発砲音を細工する。  そっとシナトラを尾行すると、徐々に距離をつめていった。  4軒目のアパートに来た。路地に全く人影は無い。  素早く目配せするとジョニーは入り口で待機、ヴィトはシナトラを追って中に入る。  ほどなくして、取り立ての部屋から出てきた男に、背後から声をかける。 「Mr.シナトラ」  振り向いたシナトラに、タオルを巻いた右手を向ける。パンッ! 左胸に命中し、シナトラはくずおれた。  ヴィトは走り寄ると、タオルを外し、ドンッドンッ! 5発撃ち込む。  ジョニーが駆けよってきた。固い表情で、必死に右耳を切り落とし、タオルに包み込む。  急いでトニーの事務所に向かった。  (チャイナタウン白昼殺害事件)  トニーの事務所に行った後、二人は警察に自首した。  しばらく刑務所に入るが、大人しくしていれば、すぐに仮釈放だ。  ヴィトとジョニーは真面目に服役した。  刑務所では、裏切り者を殺した、と囚人達から歓待を受けていた。  そして、ヴィトは刑務所のボクシング大会で好成績を残した。  ある日、食堂で食事していると、囚人同士が揉めだした。一人はリック・コーネル、ヴィトより少し若い。 「また、あいつだよ。この前、俺が作業所にいた時も揉めてた」  ジョニーが嫌みっぽく言う。すると、リックの相手が別の囚人にぶつかり、揉み合いになる。  騒ぎが広がっていき、ヴィトとジョニーは止めに入った。  騒ぎの中には、同じイタリアンマフィアのアントニオ・ヴァリーがいた。ぶつかってきた囚人を殴って、騒ぎに巻き込まれたようだ。  やがて、看守達がやってきて、警棒で囚人達を殴り抑えつける。ヴィトとジョニーもボコボコに殴られ、別々にD部屋という独房に入れられてしまう。ヴィトの独房には、アントニオが入れられていた。 「あんた、やるねぇ」 「…あんたこそ」ヴィトが返す。  アントニオは少し身を乗り出すと 「嘘言うてるんやありません。あんた、腕っぷし強いけど、何か習ってたんか?」 「ええ、学生時代にボクシングを少し…」 「やっぱり! 強いもんなぁ……さっきは止めてもろて助かったわ…実は…」  アントニオ・ヴァリー(微笑みの悪魔)。顔は天使のように優しげで、穏やかな人だが、切れると容赦ない。その攻撃は相手が動かなくなるまで止まらない、悪魔だと恐れられていた。  先ほどの騒ぎ、もしヴィトとジョニーが止めなければ、アントニオの攻撃はこんなものでは済まず、処罰も重くなっただろう。アントニオは恩義を感じていた。 「本当に助かりました…それで、あんたと見込んで頼みがあります」と神妙な顔で。 「なんですか?」 「兄弟の誓いをしてもらえませんか」  ヴィトは一瞬考え、「わかりました」  アントニオは小ぶりのナイフを取り出し、右の手のひらを切る。  ヴィトも右の手のひらを切り、お互いの手を固く握り合う。  この血に誓って……  この日を境に二人は義兄弟になった。  1976年、ヴィトとジョニーは仮釈放された。  今回の殺人で懲役15年を言い渡された。しかし、大人しく服役したため、1年で仮釈放になった。 「やりましたね、兄貴」  外にはトニーの車が止まっていた。  あわてて二人が頭を下げる。中にトニーがおり、よくやった、と二人の肩をたたいた。  そして、出迎えにもう一人待っていた。  アントニオ・ヴァリーだ。 「ヴィト! 兄弟、仮釈放おめでとう! ようやったな」  そう言うと、肩を組んで喜びあう。  ふと、ヴィトは思い出し 「兄貴こそ、フランクの叔父貴の組だったとは…驚きました」 「そうなんや、兵隊のまとめ役や。そんなかしこまらんといてや」  ヴィトはジョニーにアントニオを紹介した。  ヴィトとジョニーは、スカレッタファミリーの会長トーマス・スカレッタの元で、正式に盃を交わした。  
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