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高輪さんの近く、部屋の前まで来てカードキーを急いで出した。一瞬だけ迷ったけれど、すぐにロックを解除する。いくら覚悟が出来ていないとはいえ、今の今まで忙しく仕事をしていた人を部屋に入れないという選択肢はなかった。彼の様子はいつも通りスマートで背筋もしゃんとしていたけれど、疲労感というのはそこはかとなく滲み出るものだ。
「どうぞ、入ってください。お食事はされたんですか?」
「いいの? 入って」
彼は、正しく私の迷いを感じ取っている。
だけど私の覚悟云々よりも、疲れているのにわざわざ顔を見に来てくれた彼の方が優先だった。
「……嫌がることはしないと言ってくれたので、信じてます」
そう言うと、彼の表情が緩んで崩れる。苦笑気味の微笑みだったけれど、少しだけ嬉しそうに見えた。
「そう言われると、裏切れないな」
「信じてますとってもとっても」
一応、念押ししておくことも忘れない。
部屋に入ってソファを勧めると、彼が腰を下ろしてすぐに無意識だろう深いため息が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
思わずそう聞いてしまうくらいに疲れたため息だったのだ。
「いや、ごめん。つい」
「構わないですけど、お食事は?」
もしも何も食べてないならルームサービスをと思ったけれど、彼は「いらない」と首を振ったのでとりあえずコーヒーを淹れることにする。
「忙しいと、食欲が湧かない」
「体壊しますよ?」
カプセルタイプのコーヒーマシンから、すぐに良い香りが広がってカップに注がれる。ふたつ作ってひとつはミルク入りに、ブラックの方をソファに座る彼に手渡した。そして私は、隣ではなく向かいのソファに座る。
しょんぼりと眉を八の字にした、その表情は少しだけ可愛い。
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