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「あぁ、もう……。泣くな……君の涙には弱いんだ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、流伊はそっと、親指の腹を芽衣子の目尻に当てがい拭い止める。
そんな彼にやはり胸を高鳴らせながらも、芽衣子は別の意味で申し訳なく感じていた。
――流伊さんの綺麗な指に、私の白粉が……
きっと今自分の顔は、いつも以上に冴えない童顔になってしまっているに違いない。
薄らと白く染まったその指の腹を見て、嫌でも化粧が多少落ちてしまったことが分かる。
申し訳なくて、でもその優しさに満ち溢れた指を払うことなど出来なくて。
おろおろと視線を泳がす芽衣子に、痺れを切らしたのだろうか。流伊はどこか不満げにその緑を細めた。
「今日は君にとって特別な日だというのに、笑ってくれないのか?……うん?」
ならば、仕置きだ。――そんな言葉が小さく耳朶を打つや否や、その麗しい顏が徐々にこちらへ近付いてくる。
――……っ!?い、今は駄目ーーっ!
芽衣子は咄嗟に、両手を広げて目の前に突き出した。
「お化粧……!お化粧を直させてください……っ!私、今きっと酷い顔だから……。お礼はその後きちんとさせてください。……き、接吻も含めて……」
半ば早口に、しかし最後はモゴモゴと語尾を萎めて言い切ると、たっ……と"cafe"の看板目指して駆けたのだった。
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