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苛立ちを抑え込む最上の方法として……俺はジョッキを煽った。厳戒令の中でも酒場が禁じられなかったのは、最後に残ったあいつの慈悲なんだろうか。
街の賑わいを小さな箱に詰め込んだみたいに、連日酒場は大いに盛り上がっている。活気のある風景を眺めつつ、カウンターの方へ歩く。
「よぉ、ワタルさん! 今日も来たんだな!」
「そりゃそうよ。偉大な大作家さんだって、飲まなきゃやってられないのよ! こんばんはー!」
顔馴染みの酔っ払い共は、今日も元気に飲んだくれ。赤ら顔を野次りながら席に座るとそれだけで元気が出てくるようだった。
「ワタル先生よぉ、あんた次の本いつ出すんだよ、おらぁ、待ちきれねぇっての」
ぎゃっ! 後ろからの不意の一撃に思わず飛び上がる。尻尾を触るな!
「あー、どーもありがと、今書いてるよ! ファンなのは嬉しいけど尻尾触んねぇでもらいてぇな!」
「おい、酒くらいゆっくり飲ませてやれよ。俺にとってはアンタらもワタルさんも同じ客だ。さ、どいたどいた」
あまりの絡まれっぷりに見かねたマスターが出てきて、取り巻きたちを追い払う。愉快な奴らはガハハ笑いで席へ戻り、仲間たちと談笑し始めた。ふぅー、全く。
「有名人も大変だな」
「ありがとな、マスター。ま、期待されるのは悪い気分じゃねぇよ……大変なのはそうだけどな。……さて、落ち着いたとこで、1杯頼むわ」
「人生の楽しみはここにあるってもんさな。こんな暗いご時世じゃ飲まなきゃやってられんよ」
カウンターの向こうに戻ったマスターが笑いかける。デカいジョッキになみなみと満たされていく黄金色。
「戦争で色々物が高くなっちまってよ……ビール代、上げてすまんね」
「構わねぇよ。辛い時はお互い様さ」
「ま、あんたは王宮付きの芸術家さんだからな。ちょっとくらい搾り取ったっていいよな? 『エスメラル戦記』、今も人気だしよ。それこそ、戦地でも読まれてるらしいぜ。兵士に大人気らしいじゃねぇの」
冒険譚ということが効いたのか、1番最後に出した本は今も人気のようでありがたい。
「で、連チャンで悪ぃけどよ……次の本はいつになるんだ?」
「やっぱこのご時世だからよ、中々筆が進まなくてね」
抱え込んだモヤモヤをビールで流し込む。
「気晴らしにどこか行きたいもんけど……マスター、どこかいいとこ知らない?」
「モネリでか? 遊び場はどこも閉じられちまったからなぁ……。ちょっと外れにはなるが上手い菓子を売ってる店があるぜ。チョコレートケーキが絶品だ。ただそこは裏の……スラムに近いから気をつけろよ」
ケーキか、いいねと俺は頷いた。ただスラムの近くか……華やかな都の裏にはいつも、そういう輩の影が潜んでいる。モネリも例外ではない。
「最近裏の方やべぇから、気をつけねぇとな」
「なんかあったのか?」
「このご時世だからよ、人さらいが増えてるんだと。あんたも気をつけろよ。有名人なんだしな」
うへぇ。俺は舌をべーっと出してジョッキを煽った。なら今日は早めに帰るかね。物語の姫様でもねぇのに、さらわれるなんぞまっぴらゴメンだ。
そうやってジョッキを煽っているうちに、したたか酔いが回ってくる。これで気分も少しはマシになりそうだ。
「あんがと、おっちゃん。俺もう行くわ」
「おう、新作待ってるぜ」
期待に満ちた眼差しから逃げるように、俺は椅子から飛び降りた。
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