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#4
――それから数日が過ぎ、イヴレーはいつもの日々へと戻る。
工房に閉じこもって淡々と仕事をこなすグランドに小言をいいながら、彼女はなんとか客を増やそうと奮闘していた。
「おじいちゃん! このままじゃうちが潰れちゃうよ! そしたらあたしたちはパンも食べれなくなって、飢え死にしちゃうんだよ!」
そんなイヴレーの気持ちなど理解せず、グランドの客への態度は変わらず、顧客のみを相手に銀食器などを直すだけだった。
どうすればグランドがもっと営業に力を入れてくれるのか。
イヴレーが頭を悩ませていると、工房の扉からノックの音が聞こえてくる。
「ごめんください。私は隣町に住むウィスリングという者です。ゴールドスミスさんの工房はここだとお聞きしたので、訪ねてきたですが」
コンコンコンと優しいノックの音の後に、女性の声が聞こえた。
イヴレーは新しいお客さんだと、表情をパッと明るくして扉を開けて招き入れる。
「いらっしゃいませ! どのようなご注文でしょうか! って、ドーン!?」
そこには女性と小さな男の子と共に、一緒に洞窟へと入った少女――ドーン·ウィスリングの姿があった。
なんでもイヴレーとドーンが手に入れた薬草のおかげで、彼女の母親も弟も無事に回復し、お世話になったという工房へとお礼を言いに来たようだ。
母親がよかったらこれと言い、パイの入ったバケットをイヴレーへと手渡して頭を下げると、ドーンの弟もペコリと母に続いて一礼をする。
「見ず知らずの私たちのことを助けてくれるなんて……。本当にありがとうございました」
子供であるイヴレーに慇懃に礼を言ったドーンの母は、工房の奥にいるグランドにも頭を下げていた。
イヴレーは新規の客ではないことにがっかりはしていたが、久しぶりに会えたドーンや元気になった彼女の家族の姿を見て、気持ちを切り替えて微笑む。
「お礼なんていいですよ。あたしは手伝っただけで、一番頑張ってたのはドーンなんだから」
「イヴ……。ほんとうにありがと……ありがとね……」
ドーンはイヴレーに向かってそういうと、その瞳を潤ませていた。
やがてボロボロと大粒の涙を床に落とし、ドーンの母親と弟も一緒に、そんな彼女の身体に泣きながら寄り添う。
そんな光景を見ていたイヴレーも、うるうると涙目になっていた。
「ドーン、よかったね」
イヴレーは、ドーンの家族を助けることができてよかったと、心の底から思った。
そんな中でも、グランドは何も言葉を発せずに、ただ淡々と炉に入れた金属を見つめていた。
そして別れ際に、ドーンはイヴレーに声をかけた。
イヴレーに何か困ったことがあったらいつでも助けにいくと、彼女の目の前で、まるで騎士のように片膝をついて誓う。
「うん、ありがとう! また一緒に冒険しようね、ドーン」
イヴレーはそんな彼女を立たせると、ガッチリと両手を握って見つめ合った。
それからお別れの挨拶をし、イヴレーは強引にグランドを連れて、工房の外へ出てドーンたちを見送ることに。
「もう、おじいちゃんったら、せっかくドーンたちが来てくれたのにぃ」
不機嫌そうにしているイヴレーの横では、グランドがどうでもよさそうに立っていた。
そんな二人を見てドーンの母親は笑みを浮かべ、弟のほうもどうしてだか嬉しそうに笑っている。
一方のドーンはどうしてだか、グランドの目の前へと歩を進め、無言でその頭を下げた。
そのお辞儀はかなり深く、ドーンの顔はグランドや彼の隣にいるイヴレーには見えないほどだ。
「ドーン? どうしたの?」
「いや、なんでもない……。それじゃね、イヴ。また遊びに来るから」
イヴレーには、ドーンがどうして無言で頭を下げたのかがわからなかったが、まあいいかと去って行く彼女たちに手を振って見送ったのだった。
――ドーンたちが工房出て行った日の夜。
食事を終え、後は眠るだけとなったとき。
ベットで毛布に包まりながら、イヴレーがグランドに声をかける。
「ねえ、おじいちゃん。あたし、考えたの。これからは困っている人を助ける仕事もうちの工房で引き受けようって」
適当に相槌を打つグランドに、イヴレーは言葉を続けた。
今回のことで、自分とドーンの活躍は隣町でも評判になっているはずだ。
そのことを上手く利用して、明日にでも店の看板になんでもやりますと言葉を付けたそうと。
「わしはなんにもやらねぇぞ。やりてぇならイヴ一人でやれ」
「もちろんそのつもりだよ。あたしも少しは稼がなきゃね。それと、ちょっと訊きたいんだけど」
イヴレーはグランドの力は借りずに自分が困っている人の相談になるのだと答えると、ある質問をした。
それは、この工房にあった宝石の話だった。
洞窟の奥から薬草を取って来たときに、どうしてだか着ている服に、この工房にあったのと同じ宝石の欠片がついていた。
基本的にグランドが加工する品は、依頼して来た客の一点物か、または工房に飾られている物だけだ。
それなのに、どうして洞窟の奥で同じ物を見つけたのか。
イヴレーは、何か知っていることはないかと、グランドに訊ねる。
「そりゃお前、宝石なんてどこにでもあるだろ」
「でも、おじいちゃんが作ったものをあたしが見まちがえるはずないもん」
「いいからさっさと寝ろ。看板には明日にでも手を加えてやるから」
「ホント! じゃあ寝るね。おやすみなさい~」
「あぁ、おやすみ」
グランドは、イヴレーが毛布を顔を被ると、ランタンの火を消した。
狭い部屋に暗闇と静寂が訪れたが、イヴレーはすぐに眠ることができないでいた。
彼女はスッと毛布から顔を出し、隣のベットで眠るグランドのほうを見つめる。
「ねえ、おじいちゃん……」
「なんだ? 早く寝ろって」
「あの……ありがとね」
恥ずかしそうにそう言ったイヴレーは、再び毛布を顔に被った。
グランドは両目を開くと、そんな彼女のほうへと視線を向けて、上半身を起こす。
それから右手で頭を抱えながら大きくため息をつくのだった。
了
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