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#1
金槌、木槌などが置かれた長いテーブル。
側にある作業台には製作途中であろう金属や宝石、さらに銀の板がアチコチに散らばっており、秤があるのが見える。
作業場であろう室内を、長い白髪頭を束ね、長い髭を生やした老人が歩いていた。
老人はハンガーボードのフックに付けられた火箸を手に取って、小さな炉に入れていた棒状の銀を抜き出す。
それから足元にあった水の入った桶にそれを浸し、室内に蒸気が舞った。
棒状の銀を冷やした老人は、敷物の上にある椅子に腰かけると、次に金鋏で銀を手頃な大きさに切断。
切り取った銀を作業台へと移し、その上に転がっていたハンマーを握って打ち始める。
老人が打つたびに金属が伸びて平べったくなり、板のように変形していく。
「ちょっと早かったか。まだかてぇな……」
この老人の名はグランド·ゴールドスミス。
小さな村でその腕を振るう職人だ。
元々は大きな街で鍛冶屋をやっていたが、今では銀食器、金属大皿、ゴブレット、装飾品など頼まれればなんでも作る金細工職人となっている。
「グランドおじいちゃん、お客さんだよ」
そこへ快活そうな金髪碧眼の少女がやってきた。
まだ十代前半くらいの幼い顔つきをしている。
金髪の少女は、足元に転がっている道具を軽快に避けながら、グランドのもとへと飛んで来る。
「イヴ、今は作業中だ。ちょっと待っててもらえ」
イヴと呼ばれた金髪の少女の名はイヴレー·パースン。
彼女は生まれたときからグランドと一緒に暮らしている少女で、イヴレー自身は彼のことを本当の家族だと思っている。
「えぇ~、でもおじいちゃん。お客さん待たせちゃっていいの?」
イヴレーはグランドに不満そうに訊ねたが、老人は何も答えない。
ただ目の前の銀を加工することに集中している。
その無愛想な態度は、いかにも頑固職人といった感じだ。
そんなグランドを見てため息をついたイヴレーは、ボソッと不機嫌そうに呟く。
「ったく、そんなんだからうちは貧乏なんじゃん……」
「なにか言ったか?」
「フン、別に~。さて、お客さんの相手でもしてきますか~」
出て行ったイヴレーの背中を一瞥し、やれやれと首を振ったグランドは、再び目の前に作業に意識を戻した。
そして、ヘラ状へ変形した銀を作業台に固定して、糸ノコギリで切り抜いてく。
次第にスプーンへと形を変えていく銀を見つめながら、先ほど出て行ったイヴレーのことを考えていた。
最近の彼女は、なにかと不満を口にするようになった。
不機嫌になると態度も悪く、口に出して「フン」と言ってそっぽを向く。
一体いつからあんなふうになってしまったのか。
よく巷で聞く反抗期というやつなのか。
まったく仕事以外のことはよくわからんと、グランドは肩を落としていた。
「ごめんなさい。おじいちゃん今作業中なんで、ちょっと待っててもらえますか」
工房から客間へと戻ったイヴレーは、やって来た客の相手をしていた。
客は若い男女の夫婦だ。
なんでも二人は近々結婚式を挙げるようで、そのときに使用する装飾品の作成を依頼に来たようだ。
グランドたちが住む小さな村では、あまり金細工職人としての仕事は少なく、今回のような依頼は貴重な収入源。
イヴレーはそんな事情もあってか、先ほどの不満げな顔はどこへやら満面の笑みを浮かべている。
男女二人は、そんな彼女を見てホッと胸を撫で下ろしていた。
どうやらこの店に仕事を頼もうとしたところ、いろいろ良くない噂を聞いたようで、追い返されることなく対応してもらえたことに安心している。
イヴレーは、その良くない噂がどんなものなのかを訊ねた。
言いづらそうにしていた夫婦は互いに顔を見合わせると、恐る恐る彼女にその噂について話し出す。
「なんか工房に足を踏み入れた瞬間にハンマーが飛んできたとか」
「それと、料金が高いって値切ろうとした客を八つ裂きにしたとか」
笑顔で話を聞いていたイヴレーだったが、その内心では冷や汗を掻いていた。
なぜならば、今二人が口にしたことはすべて事実だったからだ。
いつ誰が言いふらしたのかと思いながら、イヴレーは引き攣りそうになる顔を堪え、さらに口角を上げてみせる。
「ハハハ、うちにそんな噂があるんですか? いや~おじいちゃんはたしかに怖そうな感じですけど、そんなことはしないですよ~」
そして、乾いた笑みを浮かべて嘘をついた。
イヴレーは誤魔化しながら思い出す。
実際には、もっと酷いことが起きていたこともあった。
グランドの仕事にケチをつけ、料金を踏み倒そうとした質の悪い客がいたのだが。
その客は、次の日に血塗れになって村の外に倒れていたこと。
他にも工房に盗みに入った泥棒の集団を、一人残らず捕えて魔物の餌にしたことなど、少し思い出すだけでも切りがない。
「そうだ。今日はちょっと作業に時間かかりそうですし、装飾品のイメージだけ打ち合わせして、明日にでも来てもらえますか」
イヴレーは、これは一度グランドに注意しなければならないと思った。
このままあの頑固爺さんと二人を会わせたら、またいらぬ誤解が生まれると思ったのだ。
それからイヴレーは、若い男女の客に装飾品のデザインを聞きながら紙に絵を描き、丁重に帰ってもらった。
「うぅ、あのじじい……。あたしがどれだけ苦労してる思ってんだよッ!」
二人が客間から出た後、イヴレーの表情は一気に強張った。
――そんないつも通りの日々を過ごしていたとき。
グランドの工房にひとりの客が現れた。
その客はイヴレーと同じくらいの年齢の少女だった。
とても工房に仕事を頼みに来るような人物には見えなかったが。
めずらしく仕事を終えていたグランドとイヴレーは、少女を客間に通して打ち合わせをすることに。
「それで、どういったご用件でうちに?」
訊ねるイヴレーに少女は何も答えずに、ただ俯いている。
何か話しづらい事情でもあるのか。
だが、この工房にわざわざ来たのだから頼みたいことがあるはずだと、イヴレーは少女が話を始めるの待っていた。
そんな困りながらじっとしているイヴレーの横では、グランドがどうでもよさそうにあくびを掻いていた。
そんな爺さんに苛立ちながらも、イヴレーは笑みを絶やさずにおり、いい加減にしびれを切らした彼女は少女に声をかける。
「もしかしてお金のことかな? だったら少しは安くしてあげられるけど」
「ちがうの……」
少女はようやく口を開いた。
そこから彼女は、小さい声ながらも話を始めた。
なんでも少女の住んでいるところは隣町で、この工房にいる職人――グランド·ゴールドスミスに訊きたいことがあって来たようだ。
自分とそう変わらない少女が、魔物のいる森を抜けてここにやって来たことにイヴレーは驚いたが、その事情を聞いて納得する。
「母さんと弟が病気なの……それで薬草がいるって言われて……」
その少女がグラントに訊ねたいこととは、病に効く薬草に花が咲く場所についてだった。
少女には母親と弟がいるようで、二人が病で寝込んでしまい、町にいた医者も匙を投げるほど酷い状態なのだという。
この地域に一番長く住んでいるグランドに訊けば、その薬草の場所がわかるかもしれないと言われた少女は、こうしてこの工房にやって来たというわけだ。
イヴレーは、今にも泣き出しそうな少女の身体を擦ると、グランドのほうを見る。
さすがにもうあくびを掻いてはいなかったが、グランドは冷ややかな顔をしていた。
少女を慰めながら、なんとかしてあげてと顔でグラントに訴えるイヴレー。
しかし、老人が口にした言葉は、彼の顔以上に冷たいものだった。
「子供が行けるような場所じゃない。悪いが諦めるんだな」
イヴレーはグランドの言葉を聞いて激高した。
彼の首元を掴んで喰ってかかった。
「なんでそんなこと言うの!? 前にもそうやっておじいちゃんを頼ってきた人いたじゃん! それなのになんでこの子にはそんな――ッ!」
今にも殴りかからんばかりのイヴレーに、グラントは冷めた視線を送っていた。
工房で仕事をしているときと同じ――いつも通りの無愛想ぶりだ。
「薬草がある場所には凶暴な魔物がいる。お前も知ってるだろう? この村の近くにある洞窟だ」
グランドの言葉を聞き、彼の首元を掴んでいたイヴレーの手の力が緩む。
言われた通り彼女は、その洞窟のことを知っていた。
この村の周辺にいる魔物は比較的大人しいが、洞窟内にいる魔物は凶暴で、以前に薬草を取りに行った者が帰ってこなかったこともある。
たしかにグランドの言う通りだ。
けして子供が行けるような場所ではない。
なら、村や街の大人たちを集めて薬草を取りに行けば――。
イヴレーがグランドから離れてそう考えていたとき、少女は突然客間から外へと飛び出して行った。
おそらくグランドが、村の側にある洞窟だと口にしたせいだろう。
少女は薬草を取りに、ひとりで向かったのだ。
イヴレーが慌てて追いかけようとすると、グランドが彼女を止める。
「おいイヴ。何しに行くつもりだ」
「決まってるでしょ! あの子を止めないと洞窟に行っちゃうよ!」
「やめとけ。ありゃ口で言っても止まらんよ」
足を止めたイヴレーは、その場で身を震わせていた。
何なのだこの男はと、怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。
ひとり少女が家族のために必死で動いているというのに、グランドの言い草もその態度もすべてが気に入らない。
イヴレーはその場にあった武器を適当に手に取ると、グランドの前から去っていく。
「おいイヴ。わしの話を聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ! だからこんなに怒ってるんじゃない!」
「何をそんなに怒るんだ? わしは別に……」
「おじいちゃんのバカ!」
イヴは背を向けたまま吐き捨てると、少女の後を追っていった。
独り客間に残されたグランドは、右手で頭を抱えると、大きなため息をつくのだった。
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