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・エピソードゼロ 双子探偵との出会い
これは、俺、百々雫と双子の名探偵美玖・香子との出会いの物語
昔から、何かと雨に降られている、雨と縁のある人生だった。
決して外せない大事な日には、必ず雨が降った。
両親が事故で亡くなった日。
預けられていた親戚の家を飛び出した日。
悪い仲間たちと暴れて警察に捕まった日。
キックボクシングと出会った日。
プロを目指すと決めた日。
プロテストの日。
朝から雨の日があれば、朝は晴れていたのに、俺が動く時間になって急に降り出す日もあった。
初めて受けたプロテスト合否発表の日も雨だった。寂寥感満載の雨を俺は黙って見上げた。
たった一回の失敗でへこたれてなどいられないぞ、と、自分を𠮟咤激励して、さらにきついトレーニングを自分に課した。
今日もバイトを終えた俺は、日課となったランニングをしようと一旦帰宅して着替えた。
昼間はよく晴れていて、気温も冬にしてはそれほど低くなかった。体を動かさないならダウンジャケットやコートは必要だが、運動で体を動かすと熱くて着ていられない。
俺は、薄手のランニングウェアで外に出ると通りを走り出した。
すると、あろうことかその瞬間、急激に気温が下がって冷たい雨が降り出したのだ。おそらく10℃近く下がっただろう。
雨が降ると碌なことが起きない。今までの経験でそう信じていた。
嫌な予感が頭をよぎっても、次こそはプロテストに合格して成功者になるのだと決意していた俺は、一日も休まずに走り込むと誓いを立てていた。
だから、雨が降り出したからやめるなどとは考えなかった。決めた時間を走り込まなくては、家に帰って休めない。
それに、すでに外に出ている。レインウェアを取りに戻ることも面倒だ。
どうせランニングが終わればシャワーを浴びるのだから、濡れても構わない。
俺は、雨に打たれながら住宅街を走った。
途中の小さな公園に立ち寄ると、ストレッチを行い、砂場の周りを50周した。足元には、濡れた枯れ葉や無数の砂に泥までこびりついた。
公園を飛び出すと、誰も歩いていない歩道を走った。
かれこれ3時間は走っただろうか。体温が上がり、気温の低さから、口元と鼻からは白い息が吹き出た。体の熱さで蒸発した汗が、肩から背中にかけて白い湯気となって出ていることに、自分でも気づいていた。
そのことでテンションが爆上がりとなった俺は、さらに加速した。
そして、巡回中の制服警官に呼び止められた。
「おい、君、止まれ」
俺は、スピードを緩めると、警官の前に走って向かった。ここで逃げ出すと怪しまれて追ってくるからだ。
目の前にやってきた俺を警官が胡散臭い目で眺めた。
「ここで何をしている?」
「見ての通り、ランニングです」
「こんな雨の中で? ウソを吐け。ランニングにかこつけて、盗みに入る家でも物色していたんじゃないか? それとも、追いはぎのターゲットでも探していたか?」
「違います。そんな物騒なこと、考えません」
「どのくらいの時間、走っていた?」
「大体3時間です」
すべての人間を疑うのは、警察ゆえの職業病なのだろうと、俺は深く考えなかった。
すると、警官が核心に触れた。
「この近くで強盗殺人事件が発生した。心当たりはないか?」
「心当たり? いえ。何も気づきませんでした。怪しい人物は見ていません」
「とぼけたって無駄だ」
「とぼける? 何を?」
警官がさらに強い敵意の目を向けた。
ようやく俺は、犯人らしき人物を目撃していないか聞かれているんじゃなくて、俺が走り込んでいた時間に近くの民家で発生した強盗殺人の犯人ではないかと疑われていることに気づいた。
堂々と警官の前をランニングすることで、疑われないよう工作していると思われたのだ。
警官は、俺の全身をくまなく見ると、無線で応援を呼び、数分後には駆け付けたパトカーに取り囲まれていた。
「動くな!」
「両手を上げろ!」
ここで騒ぐと心証がさらに悪くなる。
冷たい雨に打たれながら、俺は両手を上げて呆然と立ち尽くすしかなかった。
俺の人生で最悪となるであろう今日もやっぱり雨だった。やはり、雨の日は碌なことが起きない。
先ほどまで、全身から立ち上っていた白い湯気は、体が冷えたことですっかり消えた。
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