あの日

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あの日

   ーー今でも、思い出す。あの日のことを。  あの日見た宇宙人の姿は今でも鮮明に覚えている。 大きな瞳に青白い体、瞳のわりに合わない小さな口。  その不気味な瞳は、オレの弟を捉えていた。  ・・・オレは、何も出来なかった。  その時、オレはたまたまトイレにいて、物音で少しトイレのドアを開けたところだった。 「助けて、助けて!」  もがく弟の声に、駆けつけた父さんと母さんがその状況に愕然としていたが、なんとか正気を取り戻して、台所から包丁を持ってきて、宇宙人に襲いかかった。    ・・・オレは怖くて、何も出来なかった。  そして、次の瞬間、鈍い音が聞こえた。  オレがトイレから出てきた時には、もうすでに父さんと母さんは息絶えていた。  そして、弟の姿も消えていた。  オレは、恐怖に立ち尽くすことしか出来なかった。  その後、警察に保護されて、事情を聞かれた。  見たもの、聞いたもの、全て話したけれど、警察や人々は哀れみの目でオレを見つめるだけだった。  ほんとなのに。ほんとのことなのに。  ・・・誰ひとり信じてくれなかった。  ただでさえ、何も出来なかった自分に失望していたのに、信じてくれる人もいず、事件も解明されないまま、オレはヨーゼフ孤児院に入れられることになった。  なにせ、オレの親戚たちは皆、オレが精神的ダメージを受けてると思い込んで、引き取るのを躊躇ったからだそうだ。  オレもひとりになりたかったから、それはそれで有り難かった。  別に、哀れみの言葉や同情の言葉が聞きたいわけじゃなかったから。  ヨーゼフ孤児院の人達は皆んな優しくて、あったかかった。  先生たちは、みんな何も聞いてこなかった。  ただ、楽しく笑って喋って過ごしてくれた。  しかし、同い年のフィリーとマリゲルタだけは違った。  オレたち3人は、同室で過ごしているだけに、オレの事情を知りたがった。 「お前らは信じないと思うけど・・・」  オレがそう言って事件のことを話すと、 「えっ、宇宙人見たの?凄いね!」  フィリーは好奇心で目を輝かせ、 「宇宙人は何のために弟を拐おうとしたのかしら?」  マリゲルタは推理を始めた。    その時、オレは思った。  ーーコイツらなら、全てを信用できる、と。
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