「一」

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「一」

「もう、いかなきゃ……」 言って、お(さと)は、いつものように、首を傾けほほ笑んだ。 秋月の輝きは、お里の面長の顔に、塗りたくられた白粉を浮かび上がらせている。 娘らしからぬ、異常に白い顔の内で、紅い小振りな唇が、半開きになっていた。 開かれているそれは、笑むわけでもなく、言葉を発するわけでもないと、佐吉(さきち)には良く分かっていた。 道端に立ち、客を取るお里の商売癖なのだ。 安っぽい小袖(こそで)(すそ)を翻すように、お里は(きびす)を返し、先の辻へ向かって行く。 本所(ほんじょ)、お竹蔵から東へ余辻(よつじ)――。そこが、お里の商い場。 これから、商売始めなのだ。
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