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勝貴くんは、勝ち誇ったような顔を崩さず、俺の頭の上から足の先までを観察した。
彼が、会計としての俺ではなく、《朝宮睦月》としての俺を見ているのだと理解していたのは、この場ではきっと、俺1人。
「全然関係ないけどさ」
水面下のやりとりなど知らない裕也くんの声が、現実へと思考を引き戻す。
俺は彼に少しだけ感謝した。
「睦月と勝貴って名前似てるね」
それが新しい爆弾でなかったら。
「似てない!」
「似てないよお〜」
重なった否定の声。
次の瞬間、勝貴くんは敵意を隠そうとせず、ギリっと俺を睨みつけた。
勝貴くんは俺より身長はわずかに低いが、勝貴くんが立っているせいで、座っている俺は上から見下ろされる格好になっている。
背筋が凍る。
俺の顔はちゃんと笑えているだろうか。
「ぜんっぜん似てない! 俺の名前は、勝つべくして生まれた《貴き》存在っていう意味なんだ! 睦月なんて名前と一緒にするなよ!」
勝貴くんはいかにも心外という顔で裕也くんに訴えかけた。
そうだ。似てるようで大きく違う。
勝貴くんからしたら不本意だろう。
《貴》を持つ、君からしたら。
持たない、俺と一緒にされるなど。
「ごめんごめん」
裕也くんが謝罪を述べる。
「ほんとやめろよな!」
その時、勝貴くんは、いいことを思い付いた、というような表情で俺を見下した。
この顔は、よく、知っている。
《貴》を持つもの特有の顔だ。
「生徒会も、睦月も一緒に食べようぜ!」
「はい?」
生徒会、と俺を明確に区別した提案。
これは提案の名前を借りた指示だ。
奏くんが不機嫌を露わに眉を顰める。
勝貴くんの意図はわかった。
粗方、俺が《持たざる者》だと言うことを、俺の立場を、はっきりとさせておきたいんだろう。
それでも、今は。
オトモダチの目の前で。
俺は、俺のいるこの場所を守りたくて。
「俺今日はオトモダチと食べるから〜ごめんね〜」
後でどんな仕打ちが待っているのか、わからないけれど。
俺は、《貴》を持つ者の前で、初めて拒絶を口にした。
「は?」
断られると思っていなかっただろう勝貴くんの声が下がる。
しかし、次の瞬間には獲物を見つけたような残忍な顔で嘲笑を浮かべた。
「オトモダチ? もしかしてセフレか?!」
「せふ?」
わからない単語に首を傾げる。
周囲で何人かが立ち上がった気配がする。
たぶん俺の親衛隊。
彼らを貶す言葉なのだろうか。
だとしたら、俺のせいで、申し訳ない。
「本当の友達もいなくて、セフレ作るくらい寂しいんだろ? 俺がお前の友達になってやる! だから一緒に食べようぜ!」
「俺、生徒会のみんなも、オトモダチもいるから寂しくないよ」
そう、寂しくなどない。
だから、壊さないで。
「嘘だ! お前みたいな見た目のやつ、セフレからしか愛してもらえないだろ?!」
ガタン、と近くの椅子が音を立てた。
「あんたさっきから言わせておけば!」
棗くんだった。
言いたいことをたくさん我慢したんだろう。
その顔は怒りで真っ赤だった。
あ。
と、気付く。
勝貴くんの矛先が、棗くんに向いた。
「うるさい!」
勝貴くんが手に取ったのは、テーブルに備え付けられている水差しだった。
並々と注がれたそれを、勢いよく振りかぶる。
体がとっさに動いた。
「睦月くん!」
食堂に、水の滴る音が、静かに響く。
誰も、動かなかった。
頭から水をかぶった俺は、一度だけ唇を結んで、そして、いつもの笑みを顔に貼り付ける。
「……棗くん、ごめんねぇ、また一緒にご飯食べようね」
俺はゆっくりと、食堂を後にした。
大丈夫、俺はまだ、笑える。
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