進展と。嵐と。

4/12
648人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
勝貴くんは、勝ち誇ったような顔を崩さず、俺の頭の上から足の先までを観察した。 彼が、会計としての俺ではなく、《朝宮睦月》としての俺を見ているのだと理解していたのは、この場ではきっと、俺1人。 「全然関係ないけどさ」 水面下のやりとりなど知らない裕也くんの声が、現実へと思考を引き戻す。 俺は彼に少しだけ感謝した。 「睦月と勝貴って名前似てるね」 それが新しい爆弾でなかったら。 「似てない!」 「似てないよお〜」 重なった否定の声。 次の瞬間、勝貴くんは敵意を隠そうとせず、ギリっと俺を睨みつけた。 勝貴くんは俺より身長はわずかに低いが、勝貴くんが立っているせいで、座っている俺は上から見下ろされる格好になっている。 背筋が凍る。 俺の顔はちゃんと笑えているだろうか。 「ぜんっぜん似てない! 俺の名前は、勝つべくして生まれた《貴き》存在っていう意味なんだ! 睦月なんて名前と一緒にするなよ!」 勝貴くんはいかにも心外という顔で裕也くんに訴えかけた。 そうだ。似てるようで大きく違う。 勝貴くんからしたら不本意だろう。 《貴》を持つ、君からしたら。 持たない、俺と一緒にされるなど。 「ごめんごめん」 裕也くんが謝罪を述べる。 「ほんとやめろよな!」 その時、勝貴くんは、いいことを思い付いた、というような表情で俺を見下した。 この顔は、よく、知っている。 《貴》を持つもの特有の顔だ。 「生徒会も、睦月も一緒に食べようぜ!」 「はい?」 生徒会、と俺を明確に区別した提案。 これは提案の名前を借りた指示だ。 奏くんが不機嫌を露わに眉を顰める。 勝貴くんの意図はわかった。 粗方、俺が《持たざる者》だと言うことを、俺の立場を、はっきりとさせておきたいんだろう。 それでも、今は。 オトモダチの目の前で。 俺は、俺のいるこの場所を守りたくて。 「俺今日はオトモダチと食べるから〜ごめんね〜」 後でどんな仕打ちが待っているのか、わからないけれど。 俺は、《貴》を持つ者の前で、初めて拒絶を口にした。 「は?」 断られると思っていなかっただろう勝貴くんの声が下がる。 しかし、次の瞬間には獲物を見つけたような残忍な顔で嘲笑を浮かべた。 「オトモダチ? もしかしてセフレか?!」 「せふ?」 わからない単語に首を傾げる。 周囲で何人かが立ち上がった気配がする。 たぶん俺の親衛隊。 彼らを貶す言葉なのだろうか。 だとしたら、俺のせいで、申し訳ない。 「本当の友達もいなくて、セフレ作るくらい寂しいんだろ? 俺がお前の友達になってやる! だから一緒に食べようぜ!」 「俺、生徒会のみんなも、オトモダチもいるから寂しくないよ」 そう、寂しくなどない。 だから、壊さないで。 「嘘だ! お前みたいな見た目のやつ、セフレからしか愛してもらえないだろ?!」 ガタン、と近くの椅子が音を立てた。 「あんたさっきから言わせておけば!」 棗くんだった。 言いたいことをたくさん我慢したんだろう。 その顔は怒りで真っ赤だった。 あ。 と、気付く。 勝貴くんの矛先が、棗くんに向いた。 「うるさい!」 勝貴くんが手に取ったのは、テーブルに備え付けられている水差しだった。 並々と注がれたそれを、勢いよく振りかぶる。 体がとっさに動いた。 「睦月くん!」 食堂に、水の滴る音が、静かに響く。 誰も、動かなかった。 頭から水をかぶった俺は、一度だけ唇を結んで、そして、いつもの笑みを顔に貼り付ける。 「……棗くん、ごめんねぇ、また一緒にご飯食べようね」 俺はゆっくりと、食堂を後にした。 大丈夫、俺はまだ、笑える。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!