地に呼び戻される

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 沙月は何が起こっているのか分からないまま,頭を抱えて項垂れる雄一の背中を優しく撫でたが,その背中は汗でびっしょりと濡れていた。 「ようやく俺の役目が終わった。旦那には俺が学んだことを教えてやる。これから先,俺が六十年近く聞き続けてきた声との接し方,どうすればいいか,全部教えてやる。お前たちに死なれたら,俺はまたあの地獄に引き戻されるかも知れないから」  高槻は耳を触りながら,安心した表情で椅子に深く座り直した。 「山村一族の……とくに女たちの悲鳴は心の奥底に降り積もり,消えることなくいつまでも積み重なっていく。まるで谷を埋め尽くす土石流のようにな。これから先,生きるも地獄,死ぬも地獄。それがかつて山村がこの土地で行ってきた生業に対する罰……こんな耳栓みたいな補聴器じゃ防げない,あの悲鳴と呻き声は……」  沙月は混乱しながら,高槻の清々しい笑顔と俯き頭を抱える雄一を何度も見比べて,不安になったが声を掛けられず黙って背中に手を当てた。  俯く雄一の視界には,ボロボロになった真っ白の脚が雄一たちを取り囲むように部屋いっぱいに埋め尽くされているのが見えていた。 「どうしよう……子供……産まないと……沙月が連れて行かれちゃう……子供を産まないと……子供……」 「山村一族はなぁ,この土地に呪われてるんだよ。本来それを受け継ぐのは高槻じゃなく,お前さんたち山村なんだよ……」  床一面を肉塊になった人間の身体が埋め尽くし,降り注ぐ泥水が雄一の心を埋め尽くした。
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