1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
しいなちゃん
「しいなちゃん、ハートもらってうれしいなぁ」
彼女は自らをしいなちゃんと呼んでいる。
本名ではない。
彼女はとある配信アプリの配信者だ。
近頃多くの人々がネットの世界で生活するようになった。YouTuberという職業も生まれ、誰もが表現者になれる時代。
彼女もまた、表現者の一人である。
なぜ配信をするのか。
人それぞれ色々な目的がある。
暇つぶし、友達が欲しい、寂しさを紛らわす為、声劇をしたい、歌を聴いてもらいたい....
彼女にも、目的はある。
それは終わりなき道であった。
「今日は弾き語りをしまぁす」
彼女の一言に、コメント欄が沸く。
"しいなちゃん"という名前で活動している彼女のファンは、しいなちゃんのリスナー略して"シナリス"と呼ばれていた。
シナリスの反応に、彼女の頬が緩む。
「なにをうたおうかなー。あ、ペテルギウスにしよっと」
最近はペテルギウスをよく歌っている。
流行に乗ることを意識しているらしい。
シナリスは彼女のペテルギウスに、大喜び。
課金アイテムも順調に飛び交っていた。
しかし、聴きにきてくれるリスナー全員がファンではない。わざわざ聴きにきて批判をしにくる存在、アンチも中には紛れ込む。
特に粘着質なアンチが一人。
(ち、またペテルギウスかよ)
(ギターばっかしてんじゃねえ)
こういったアンチに対して、いつもシナリスは黙っていない。
(じゃあ出てけよ)
(お前は何の為にここにきてんだよ)
(アンチ活動に費やす時間、お疲れ様)
「はい、みんな落ち着いて! 私の為に喧嘩しないで。なんちって」
彼女はなんとか落ち着かせようと、時折冗談を混ぜながら、流した。
この辺りの対応はさすがの手際である。
しかしながら当然彼女の気持ちは穏やかではない。
彼女はマイクに入らないように、ため息を吐く。アンチは誠一という人物で、毎日欠かさず来る優等生アンチ。誠一が来ると決まってコメ欄は喧嘩になり、シナリスも喧嘩に必死になる為、声を聴いてもらえなくなるのだ。
(何の為にここにきてる? 俺は俺の為にきてる。お前らは何の為にきてる?)
(僕らは僕らの為にきてるに決まってるでしょ。しいなちゃんの声が聴きたくてきてるんだよ)
(分かった。じゃあしいなはどうなんだ?)
(しいなは誰の為に配信をしてるんだ?)
(答えろよ、しいな)
「誰の為に? 私は……」
彼女は言葉に詰まる。
誰の為に?
誠一の質問が鋭く刺さった。彼女の中に答えがないわけではなかった。けれど、彼女は答えられなかった。
「はーい、みんな喧嘩してるから、今日はここで終わるね! シナリスのみんな、次からは喧嘩禁止よ」
逃げる彼女を追いかけるように、その後も誠一はしつこくコメントを続ける。
しかし答えが返されることはなく、その日の配信は終わった。
最初のコメントを投稿しよう!