しいなちゃん

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しいなちゃん

「しいなちゃん、ハートもらってうれしいなぁ」 彼女は自らをしいなちゃんと呼んでいる。 本名ではない。 彼女はとある配信アプリの配信者だ。 近頃多くの人々がネットの世界で生活するようになった。YouTuberという職業も生まれ、誰もが表現者になれる時代。 彼女もまた、表現者の一人である。 なぜ配信をするのか。 人それぞれ色々な目的がある。 暇つぶし、友達が欲しい、寂しさを紛らわす為、声劇をしたい、歌を聴いてもらいたい.... 彼女にも、目的はある。 それは終わりなき道であった。 「今日は弾き語りをしまぁす」 彼女の一言に、コメント欄が沸く。 "しいなちゃん"という名前で活動している彼女のファンは、しいなちゃんのリスナー略して"シナリス"と呼ばれていた。 シナリスの反応に、彼女の頬が緩む。 「なにをうたおうかなー。あ、ペテルギウスにしよっと」 最近はペテルギウスをよく歌っている。 流行に乗ることを意識しているらしい。 シナリスは彼女のペテルギウスに、大喜び。 課金アイテムも順調に飛び交っていた。 しかし、聴きにきてくれるリスナー全員がファンではない。わざわざ聴きにきて批判をしにくる存在、アンチも中には紛れ込む。 特に粘着質なアンチが一人。 (ち、またペテルギウスかよ) (ギターばっかしてんじゃねえ) こういったアンチに対して、いつもシナリスは黙っていない。 (じゃあ出てけよ) (お前は何の為にここにきてんだよ) (アンチ活動に費やす時間、お疲れ様) 「はい、みんな落ち着いて! 私の為に喧嘩しないで。なんちって」 彼女はなんとか落ち着かせようと、時折冗談を混ぜながら、流した。 この辺りの対応はさすがの手際である。 しかしながら当然彼女の気持ちは穏やかではない。 彼女はマイクに入らないように、ため息を吐く。アンチは誠一という人物で、毎日欠かさず来る優等生アンチ。誠一が来ると決まってコメ欄は喧嘩になり、シナリスも喧嘩に必死になる為、声を聴いてもらえなくなるのだ。 (何の為にここにきてる? 俺は俺の為にきてる。お前らは何の為にきてる?) (僕らは僕らの為にきてるに決まってるでしょ。しいなちゃんの声が聴きたくてきてるんだよ) (分かった。じゃあしいなはどうなんだ?) (しいなは誰の為に配信をしてるんだ?) (答えろよ、しいな) 「誰の為に? 私は……」 彼女は言葉に詰まる。 誰の為に? 誠一の質問が鋭く刺さった。彼女の中に答えがないわけではなかった。けれど、彼女は答えられなかった。 「はーい、みんな喧嘩してるから、今日はここで終わるね! シナリスのみんな、次からは喧嘩禁止よ」 逃げる彼女を追いかけるように、その後も誠一はしつこくコメントを続ける。 しかし答えが返されることはなく、その日の配信は終わった。
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