傍にいるから

1/1
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
今、僕の膝の上には一匹の猫が眠っている。 もう以前のように動き回ったりしなくなり、年齢のせいか毛量は薄く、その毛には艶が無くなっていた。 寒い日にはずっと僕にくっついていて、それが何だか愛おしい。 猫の身体を撫でる。 この子は黒猫というのもあって、最近白い毛が目立ってきた。 猫にも白髪が出るんだなと、思わず苦笑する。 もうこの子も18歳。 ネット調べたところによると、猫の18歳は人間でいうところの88歳だという。 これもネットで見たことだけど、日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳。 人と猫なので一概にはいえないけど、この子は雌だから人間にしたらかなりの高齢。 しかも猫の平均寿命は16歳らしいから、そろそろお迎えが来る年齢だ。 そう思うと悲しくなるけど、これまで約18年間――毎日こうやって一緒に過ごしていたことを思い出すと、笑顔で見送ってあげたいと思う。 この子との出会いは、僕が恋人と同居してから始まった。 恋人が生後9ヶ月のこの子をもらってきたと言って、猫が好きだった僕は嬉しく思ったものだ。 だけど、最初のうちは全く懐いてくれなくて、よく爪で引っ掻かれたり噛みつかれたりした。 なんでも恋人がいうに、この子は前の飼い主に虐待されていたようで、その影響で人間不信になっていたらしい。 そのことを後から知った恋人は、この子を捨てようとした。 懐かないペットならいらないと呆れ、どこかの施設に連れて行くと言い出した。 僕はそんな恋人の意見に猛反対。 そんなの悲しすぎるよと言い、この子の世話は全部自分がするからと言って、このまま飼うことを受け入れてもらった。 それから一年間。 心を閉ざしていたこの子も、次第に僕らと打ち解けてくれるようになった。 この子が自分から甘えてくると、僕と恋人はつい顔がほころぶ。 未だに頭を触れるのは嫌がるけど、ようやく信頼してくれたんだと思って嬉しかったな。 それからは本当に楽しい毎日で、僕の人生の中でも一番良い時だった。 そして、この子の心がほぐれてから数年後。 僕は恋人と別れた。 理由は今考えると大したことじゃなかったと思う。 どこにでも誰にでもよくある話で、小さな不満が溜まった結果だ。 僕はそれでも我慢できたけど、恋人には耐えられなかったみたい。 その結果、当時の僕は恋人と別れた影響で仕事が手につかなくなり、何もやる気になれなくなっていた。 情けないと自分でも思いながらも、朝起きてもベットからは動けない日々が続く。 それからはずっと会社を休むようになり、心配してくれた上司から病院へ行くことをすすめられた。 医者の診断結果で僕は鬱と判断された。 診断書をもらい、その後に会社を自主退職した僕は、生活保護を受けることになる。 幸いだったことは、生活保護条件にペットは関係ないので手放す必要はないということだった。 生活保護支給のもとになっている生活保護法には、ペットに関する規定は存在せず、つまりは手放さないといけない根拠はないと役所の職員が教えてくれたんだ。 それからは家に閉じこもる生活が始まり、この子は毎日のように動かない僕に寄り添ってミャーミャー鳴いていた。 頭がおかしいと思われるかもしれないけど、そのときにこの子が僕に、「わたしはずっと傍にいるから」と言ってくれているように感じたんだ。 楽しい時も悲しい時も辛い時も――僕とこの子はいつも一緒だった。 現在、僕がまた社会生活に戻れたのはこの子のおかげだった。 ――今、僕の膝の上には一匹の猫が眠っている。 もう以前のように動き回ったりしなくなり、年齢のせいか毛量は薄く、その毛には艶が無くなっていた。 寒い日はずっと僕にくっついていて、それが何だか愛おしい。 猫の身体を撫でる。 この子は黒猫というのもあって、最近白い毛が目立ってきた。 猫にも白髪が出るんだなと、思わず苦笑する。 「僕もずっと傍にいるからね……」 笑いながらも目からポタポタと涙が出て、この子の身体に落ちる。 すると、この子はゆっくりと顔を上げて僕の顔を見て鳴きだす。 震える体をなんとか起こして、ミャーミャーと優しい声で――。 僕にはその鳴き声が「ありがとう」と言っているように聞こえた。 了
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!