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「せい、せ、ああ、あっ、野分…!」 野分の足の負担にならないよう腹の上に乗り、下から突き上げられて踊らされる。すぐにふにゃふにゃにされて結局は野分のいいようにされるのだけれど。 「あーかわいい、かわいいなあ、暘谷。もう野分でもなんでもいいや」 「せいらんさま、もっと、もっと…っ」 「ほら暘谷、違うぞ。青嵐じゃないだろー?」 「ああああっぁっ!!」 「……騒音ってこれのことじゃないのかねぇ」 ―――野分に好き勝手され、ひんひん泣いて悦んだ次の朝。 私は今日もぴしりと制服を着込んで立っている。 「それでは野分。行って参ります」 「はい、いってらっしゃい。気をつけてな」 横になっていた野分がのそりと布団から起き上がった。彼は全裸でも恥ずかしがることなく堂々としている。逞しくて大きな身体。隆起する筋肉が美しい。 野分の左足は先を失っているため、膝から下が細くなってしまっている。代わりに腿は力強く張りつめていた。同様に左足より右足の方が太い。そして上半身も右側より左側の方が逞しい。 そうやってバランスを取る野分の歪な身体がとても自然で力強くて、美しく思う。 けれど手をついて歩く姿を見るとどうしても。 「野分、やはり義足を作りませんか?」 「どうした突然」 「突然ではないです。ずっと考えていました。ですが私が…」 「暘谷」 目の前に立った野分が私の頬に手を当てる。 大きな手のひらですりすりと擦られると、うっとりして。 「遅刻するぞ、ほら」 「はい…」 ついつい視線が野分の下肢に落ちてしまう。 「こら、そんないやらしい顔で出仕する気か」 野分に笑いながら窘められて、はっと我に返った。 いけないいけない、仕事前にこれではだめだ。切り替えなければ。 「申し訳ございません。ではいってきます!」 威勢よく家を出て、玄関の鍵をかけてからしっかりと確かめる。よし、これで今日も大丈夫。 それからも変わらぬ日々が続いた。 私は宰相補佐として城に上がり仕事をして、相変わらず色事の派手な王を注意したりからかわれたり、家に帰ればこっそり囲う野分にたっぷり甘えて幸せな時間を過ごす。 ところがそんな平穏な日々はあっさりと終わりを迎えた。 「な、なんですって…!?」 「だから、暘谷の自宅の近隣であった騒音騒ぎ、ちっとも収まる気配がないから本日抜き打ち視察の指示を出したんだ」 「な、なんてことを!私は聞いていません!」 「お前も該当者なんだから言えるはずないだろう」 今日に限って女を連れ込んでいなかった翠雨陛下に感心していたら信じられないことを告げられた。王はきっと私にこれを言うために女も呼ばず待っていたのだ。 「そんな、わ、私はもう帰らせていただきます!」 「待て待て、そんなこと許されるはずないだろうが。どうした青い顔をして。なんだ、堅物のお前がまさか何か隠し、て、」 王の顔がみるみる厳しくなっていく。 「そうなのか、暘谷」 「…ひっ」 「何か人に言えない後ろ暗いことがあるのか」 ある。ありまくる。 私は罪を犯している。それは国を揺るがしかねないとても大きな罪だ。そしてあの頃間違いなく一番辛かったであろう翠雨陛下にとって、許しがたい裏切りだろう。 「陛下、大変です!!!」 大きな音を立てて王の執務室に騎士が一人飛び込んできた。 一瞬の隙をついて飛び出そうとした私の腕を王が掴む。騎士が「お見事です、陛下」と言う。 「報告します。本日の抜き打ち視察によりとんでもない事実が判明致しました。そこにおります、宰相補佐の暘谷の自宅より――」 騎士の言葉を一言も聞き漏らさないといった真剣な面持ちで王が耳を傾ける。 「先の戦により死亡したと思われていた、青嵐殿下の生存を確認致しました」 「そんな、まさか兄上が生きて…?」 翠雨陛下の声が震えている。 私はどうにかしてここから消えてしまいたかった。 *** 地方の片田舎で育った私は、田舎者にしては出来がよく、薦められるまま試験を受けて文官になった。けれど中央に出れば私程度の人間などごまんといる。真面目さだけを取り柄にこつこつと続けていたところで起こった、あの争乱。 騎士達は次々と戦地に送られ、文官も辞める者が続出した。家族と共に安全な場所に逃げる者、逆に家族を失った者。そもそも騎士と婚姻を結ぶ文官も多くいた。独り身だった私はただ漫然と過ぎる日々に身を任せるしかなく、ただ目の前の仕事をこなす他なかった。 そうしていたらいつのまにか役職が上がり、第三王子が国王に即位する頃には、地元である片田舎の筆頭文官となっていた。 皮肉にも私の地元は戦争の激戦地区で、すべて焼けてしまっていた。私の両親は戦いがはじまる前に病でこの世を去ったが、彼らの墓もどこにあるのかわからない様相。 戦後処理はまったく進んでいなかった。 ここに送られた部隊は全滅したそうで、残された民たちが残骸をひとつずつ集めているような状況だった。 地元だからと中央から一足先に駆けつけた私は、老医師から騎士の生き残りだと思われる男と引き合わせられた。 大きな身体は全身傷だらけで、しかしなにより、包帯が巻かれた左足を見て息を飲む。右足より短いそれについて、医師は「怪我がひどくて切り落とす他なかった」と言った。 男は一ヶ月ほど眠ったままだと言う。髭も髪も伸び放題で素性がわからない。 それが野分――青嵐殿下だった。
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