ふりつもる雪と吊るされた男

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ふりつもる雪と吊るされた男

不思議な光景だった。 「理解し難いな」 冷たい雪が静かに降っている小学校の校庭の大きな桜の木の枝に人型の何かが吊るされてゆっくり揺れているのが見えた。 森井蘭は池照刑事の後ろに隠れながら恐る恐る様子を伺っている。 ルールとして一般人をこれ以上現場に近づけたくない刑事は軽く咳払いをすると森井に手振りで動かない様にとゼスチャーした。 不審なものが桜の木にぶら下がっているとの通報を受けてたまたま一番近くにいた池照刑事は現場に急行したのだが未だ降り続ける雪に視界を遮られ不審物の正体は判然としない、致し方なく真っ白い雪に足跡を残しながら近づいて行った。 リードの様なものを木に巻きつけて首を吊っている様に見える男はで見上げると既に絶命している様に見えた。口から垂れた血が下の雪を赤く染めていた。 つい足跡を残してしまったが、これ以上現場を荒らすのも不味い様な気がしてとりあえず写真を取りながら応援を呼ぶ事にした。 「森井さん!絶対にそこから動かないでください!」 ルール云々よりこの惨状を若い女性に見せる訳にはいかないと考えた。 不意に雪が止むと現場の更なる異常さが見て取れた。 立派な桜の木は子供が近づくのを防ぐ為か四方に高さ1メートル程の木製の柵が設けられている。そしてその木製の柵の上に雪が均等に乗っているのが見てとれた。 つまり、この木の柵を雪が降り始めてから動かした形跡がないことを意味してるのだ。 もう一度状況を整理してみると。桜の幹の三メートル程の高さから横に1メートル程張り出した枝に男が吊られているのだが、その足から地面まではゆうに1メートルはある。 「ルートが見当たらない」 二人以上居れば可能だが、雪についた足跡は池照自身と、この男がつけたと思われる足跡だけだ。 つまり、協力者が居なければ例え自殺だとしてもどうやってこの高さまで体を上げれるのかがわからない。 もちろん他に居た人間が居るとすれば協力者とは限らないのだが……。 類似する事件を頭の中で検索する池照だったがどれも当てはまらなかった。 不審死は多く目にしてるが不可能に見えるものはごく僅かだ。 「臨時教員の不動瑠麗(ふどうるり)さんと口論してた人に間違いないですか?」 つい口調が厳しくなってしまう池照に少しだけ森井は緊張した。 「も、もちろんです。クラスメイトだった瑠麗が母校に就職したと言うので逢いに来て見たらその男の人と口論をしているのが見えました。そのあとすぐにどこかへ行ってしまったけど、そのドレッドヘアーとか、服装で覚えてます。この寒さの中で前の開いた革ジャンにブランドのロゴの入ったTシャツ一枚に短パン姿だったので」 ルイヴィトンのロゴが革ジャンの隙間からチラチラと見えているのが逆に痛ましい。 不思議なのは彼女がこの可哀想な男と不動瑠麗との口論を見てから今までずっと雪が降って居るという事実なのだ。 理屈で考えると協力者の足跡が残っているはずなのだが、校舎から桜の木の下まで見えるのはこの男と池照の足跡だけで、しかもこの桜の木の幹は三メートルほどの高さまで真っ直ぐに伸びていて足掛かりになりそうなところがない。上の方なら大きく枝分かれしてるので人一人くらいは隠れられそうではあるが、隠れてる気配もない。 つまり、この男が一人でここまで来て自分の首に首輪をして超ジャンプをして桜の枝にロープを渡し自分で縛りつけた様にしかみえないのである。 もちろんそんな馬鹿げた事を信じてるわけではない。 留守番電話を入れておいた相手から折り返しが来たので池照の思考はそこで遮られた。
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