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イーズザン王宮
自分の世界に戻ってきたフィーナとカノンは、翌日ハリソンに献上品を見つけて戻ったことを伝えた。ポータブルDVDプレーヤーに満足したハリソンは、早速王都へ向かうことにした。
今回はDVDの使い方を正確に国王に伝えたいという理由で、フィーナとカノンも同行を申し出た。自分がやらかし体質であることを自覚している領主は、彼女たちが付いて来ることに喜んで同意してくれた。
こうして、一介の魔術師と元盗賊は国王への謁見が叶うこととなったのだ。もちろん、カノンが元盗賊というのは領主にも内緒にしてある。
「へぇ~、やっぱ王宮ってスッゲー、金かかってそう」
「カノンッ、ここは王宮だってこと忘れないで!」
フィーナは小声だが、恐い顔でハーフダークエルフを睨んだ。二人はハリソンと共に、衛兵の後について謁見の間へ向かい王宮内を移動している。ハリソンは恭しくポータブルDVDプレーヤーが入った箱を持ち、カノンはソーラーパネルを小脇に抱え、そしてフィーナもDVDソフトを入れた箱を両手で持って歩いていた。
「わかってるって、あたしだってお縄になるのはごめんだよ」
カノンも小声で返した。危なっかしいが、抜け目がないのが相棒の長所だ。
「そっちのほうこそ大丈夫なの?」
「たぶんね」
衛兵が廊下の突き当たりの大きな扉の前で立ち止まる。扉の左右にも槍を手にした衛兵が立っていた。この向こうにイースザンの国王、ジャスティン・グレースがいるのだ。
「陛下に謁見のため、ハリソン卿がお越しになりましたぁ!」
衛兵が大声を上げる。すると中から入ることを許可する旨の回答があり、左右の衛兵が素早く扉を開け、謁見の間に通された。
広くて豪華な部屋の奥に玉座があり、ジャスティンがくつろいだ雰囲気で腰掛けている。そのすぐ隣に、気配を消すように白髭の老人が控えており、壁際には近衛兵が間隔を開けて並んでいた。しかし、国王の身に危険があれば、すぐに他の近衛兵が駆け付けるのだろう。
「国王陛下においてはご機嫌麗しく……」
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう、ハリソン卿。それで、今回持ってきてくれたのは何だ?」
国王の瞳が、新しい玩具を眼の前にした子供のように輝いている。
「実際にどのような物かは、御自身の眼で確かめてみてください」
ハリソンはそう言うと箱からポータブルDVDプレーヤーを取り出しフィーナに渡した。彼女がDVDディスクをセットして再生ボタンを押すと、モニターにアニメが映しだされる。
「おおッ」
思わず国王が感嘆の声を上げる、色鮮やかな画が動くのを観るのは初めてのはずだ。アニメをあるていど流すと、フィーナは別のソフトに変更した。今度は向こうの世界では子供向けの乗り物のDVDだ。しかし、ジャスティンにとっては想像もしたことがない、まさに異世界そのものだろう。そして『白鳥の湖』を流しているところで、国王は堪らずに声をかけた。
「この道具の使い方を、余に教えてくれ」
「かしこまりました」
フィーナは慇懃に頭を下げ、ジャスティンに丁寧にDVDプレーヤーの使い方と、今回持参したDVDソフトの内容について説明した。
「なるほど、このマークが操作の内容を暗示しているというわけだな」
ジャスティンはDVDプレーヤーのリモコンを眺めながら言った。
「そしてこの板を交換すれば、別の内容を観られるというわけか」
今度はDVDディスクに視線を移す。
「仰る通りです」
「この板……『ソフト』か、これは他にはないのか?」
期待を込めた声で国王は尋ねている。
「申し訳ありません、今回、仕入れることができた種類はこれで全部です。しかし、再び異世界より仕入れて参ります」
「この異世界の道具は、そなたが仕入れてきたのか?」
「はい、わたくしと、そこにいるカノンが異世界で手に入れて参りました」
フィーナはカノンを示し、カノンは恭しく頭を下げた。彼女はその気になれば、礼儀正しい振る舞いもできるのだ。
「若い娘……と言っても、魔術師とエルフの血を引く者の年齢は判らぬが、それでも二人だけで異世界を探索するとは、なかなか腕が立つ冒険者でもあるということだな。そう言えば、そちの名をまだ聞いていなかった」
「フィーナと申します」
「そうか。フィーナ、余も異世界に行ってみたいものだ」
「喜んでご案内を……」
フィーナが言いかけたところで白髭の老人が咳払いをした。
「ジイ、わかっている、戯れだ」
国王はフィーナたちにニヤリと微笑む。
「どうやら異世界に行くには、想像以上の困難があるらしい」
フィーナは国王の言葉にクスリと笑った。
「さて、このDVDだが、ハリソン卿からの献上品ゆえ、これに関してお前たちに褒美を出すというわけにはいかぬ。
しかし、幾ばくかの資金援助や、多少の望みなら叶えてやることはできる」
待ってました!
フィーナはこの言葉を期待して、ハリソンに同行を申し出たのだ。
「では、一つだけお願いがございます」
フィーナはかしこまり、頭を下げた。
「何だ?」
「まだあるのでしたら、ハリソン卿が壊した魔法のランプを拝見させていただきたいのです」
「どういうことだ?」
国王は眉間に皺を寄せた。ハリソンもフィーナの意図が解らず、不安げに眉をひそめている。
「恐れながら陛下、わたくしの知る限り、魔法のランプが壊れると中から煙や光など何かしら魔力が形をなして飛び出します。ところがハリソン卿の話では、そのようなものは出てこなかったとのことです」
「そういった場合もあるのではないか?」
「たしかに、魔力の無い人間には認知できない場合もあります。ですが、まだハリソン卿が壊してから、ひと月も経っていません。本物の魔法のランプならまだ魔力が残っているはずですし、壊されたのがいつか、わたくしなら判定できます」
「貴様ッ、無礼であろう!」
爺やがフィーナを一喝した。ハリソンも顔を引きつらせている。
「構わぬ」
ジャスティンが爺やを制した。
「そちはあのランプが偽物だったと考えているのか?」
「いいえ、擬い物なら宮廷魔術師が気付くはずです」
「では、何を疑う?」
「疑うと言うよりも、わたくしはハリソン卿の濡れ衣を晴らしたいのです」
フィーナは振り向いてハリソンの顔を見つめた。
「ハリソン卿は、その……」
「よくやらかす、か?」
ジャスティンが言いにくいことをズバリ口にした。フィーナは苦笑しつつうなずく。
「はい、さようでございます。しかし、卿はとても優しい領主で、いつも領民を第一に考えている方なのです。だから、わたくしはハリソン卿が濡れ衣を着せられているとしたら、それを晴らしたいと考えました」
まっすぐに王の眼を見つめる。
「フィーナッ、もういいからやめなさい!」
ハリソンが堪りかねたように言った。
「良くはありません、過ちは正されるべきです」
「私がいいと言っている、頼むからやめなさい」
「いや、フィーナの言う通りだ。過ちは正さねばならん。
では聞くが、そちは何者がハリソン卿をはめたと考える?」
「それはわかりかねます。また、わたくしの目的は首謀者を糾弾することではありません」
「しかし、目星は付いているのだろう? 誰だろうと構わぬから言ってみよ」
国王は有無を言わさぬ口調でフィーナに命じた。
「それは……」
うつむいて言い淀んだが、意を決してフィーナは顔を上げた。
「恐れながら陛下が壊したと考えております」
「フィーナ!」
さすがにハリソンが怒気を含む声を上げた。だがジャスティンは、それを手で制した。
「その証拠……いや、そちが余が犯人と考えた理由は何だ?」
「魔法のランプは希少です、ならば管理は厳しくしているはず。そのため陛下の宝物を管理している者が壊したなら、必ず報告すると考えました。なぜなら、陛下を謀るような者に任せるはずがないからです」
ジャスティンは微笑んだ。
「たしかにそうだ。余のコレクションを管理する者はジイのメガネに叶った者だけだ」
王は爺やに顔を向けたが、彼は眉一つ動かさない。この老人に認められるのは並大抵の事ではないだろう。
「また、ハリソン卿のように来客時に壊したなら、その時に誰かが気付くはずです。そして何より……」
そこでフィーナは小さく深呼吸した。
「陛下は先程ハリソン卿を『よくやらかす』と仰りました。そんな人物に大切な魔法のランプを直接触らせるでしょうか?」
フィーナはハリソンに顔を向けた。彼は複雑な表情をしている。
「フッフッフッフ……アーッハッハッハ!」
突然、ジャスティンは笑い出した。
「見事だフィーナ」
そう言うとジャスティンは王座から立ち上がりハリソンに歩み寄った。
「ハリソン卿、申し訳ない」
そう言うと深々と頭を下げる。
「お、おやめくださいッ、恐れ多い……」
「いや、お前がゆるしてくれるまで、頭を上げることはできぬ。俺は王として恥ずべき事をしたのだからな」
「ゆるすも何も、私は怒ってなどおりませぬ。ただ、今回はフィーナとカノンをはじめ、多くの者に無理を言って迷惑をかけました。詫びるなら、その者たちにしてください」
「ハリソン卿、お前は本当に部下や民を大切にしているのだな……」
ジャスティンは顔を上げ、改めてフィーナとカノンに頭を下げた。
「二人とも、俺のために迷惑をかけた」
「陛下、顔をお上げください。わたくしも気にしておりません」
「そーそー、ウチをヒイキにしてくれれば、それでオッケーね!」
「カノン!」
調子に乗るハーフダークエルフをフィーナはいさめた。カノンはペロッと舌を出す。
「まったく、だから申し上げたのです、このようなイタズラはするなと!」
いつの間にか、フィーナの隣に爺やが立っていた。
「ああ、反省している」
「イ、イタズラ?」
ハリソンは戸惑っている。
「陛下はイタズラ好きなのだ。それに、ハリソン卿が献上する異世界の品を非常に気に入っている。それで自分が壊してしまった魔法のランプを利用して、より面白い物を手に入れようとハリソン卿をハメたのだ」
「看破されずとも、後ほどハリソンには謝るつもりだった。だが、フィーナ、お前の推察もなかなか見事だったぞ」
「恐れ入ります」
フィーナは再び頭を下げた。
「陛下が言うことではありません」
ピシャリと爺やに言われ、ジャスティンは苦笑した。彼は爺やにとっては、未だにイタズラ坊主なのだ。
「お詫びと言っては何だが、ちょっとした歓迎の宴をする。今夜は楽しんで言ってくれ」
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