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「わかった! わかったぞー!」
圭吾が大事件勃発だとでも言わんばかりに、息を切らせて居間に駆け込んできた。勢いよく脱いだ運動靴が玄関ドアに当たり、ドカっと音を立てる。
「な、なんだ! 何事だ⁈」
耐熱手袋をはめ、チゲ鍋を運んでくるところだった俊介が、居間と台所の境に立ち止まり、口をあんぐりと開いている。二つくっつけて並べられた座卓の上にはすでに夕食の配膳が済みつつある。
「おれ、前から不思議だったんですよ。なんで韓国の人は雪だるまをつくらないのか。なんで雪合戦をしないのか!」
「そう言えば、韓国の子どもたちが雪合戦するのってあまり見たことないよなあ」
と、俊介が湯気がもくもくと立ち上る鍋を座卓の中央に置いて言った。
「雪がぱさぱさで球にならないんですよ。だから、雪だるまを拵えにくい。雪礫が作りにくい!」
そこにもう一人息を切らせて玄関から飛び込んで来る者がある。寮生の中で目立ってやんちゃなイム・キジュだ。
「그래서 눈싸움 대신 이렇게 하는 거야!」
「うわ! やめろ!」
背の高い圭吾は、寮生で一番背の低い女子学生に背後から飛びつかれ、襟に雪のかたまりを突っ込まれる。
「つ、つめてー!」
圭吾がキジュを背中から振り落とし、背中を反らせ、断末魔の苦しみに悶える。
「こりゃ強烈だ。早く部屋で着替えて来い。さもないと風邪ひくぞ」と、俊介。
「기주야, 그건 너무한 게 아니니?」
台所から小皿や箸やスプーンなどを盆にのせ居間に入ってきた寮母のソンスクがキジュのやんちゃぶりに呆れて注意をする。
「うわ! チュッケッソ、チュッケッソ!」
圭吾はダウンジャケットとセーターの裾をめくりあげ、背中の雪を何とか落とそうとするが、うまくいかない。完全に防寒インナーの内側にはいってしまったようだ。
「でも、ケゴさん、韓国語、ゾズになったよ!」
キジュに追われ狂ったように階段を駆け上っていく圭吾の背中に、寮母が笑顔を広げて励ましの言葉を投げかける。
そこで再び玄関ドアが開き、帽子も手袋も雪にまみれた学生たちが寒さに頬を染め、白い息を吐きながら入って来る。
顕とヒョンソクは黒のダウンジャケット。美紀乃はミヒと同じメーカーのロングぺディングを着ている。
俊介が「おかえり」と迎えてやると、ヒョンソクとミヒは「ただいま」と返してくる。「ま」のトーンがかなり落ちるのが暗い余韻を残しがちだが、発音はなかなかこなれている。たいしたものだ。韓国人が語学に強いというのは本当なのかもしれない。
寮母が「オソワー」と笑顔を振りかけると、顕と美紀乃が「タニョワッスムニダ」と、子音の丸められた間延びした韓国語が返ってくる。韓国滞在3週間にしては立派だと俊介は思っている。
窓の外に目をやる。昨日から降り出した雪は一向に止む気配がない。韓国中部に位置する都市で12月に雪が積もるのは珍しいことである。
日本人学生の短期留学はたったの4週間。最後の一週間は屋外でのイベントも計画されているのに、この雪じゃ中止になっちゃうかな、と俊介は表情を曇らせる。
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