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その覚悟を肯定します
「俺の妻と孫です。以上、紹介終わり。じゃあ」
会ったら文句や恨み言の一つでも出てくるかと思いきや、なんて事はない。私が口を開く前に、夫は玄関先で簡潔にそう家族に伝えると、すぐに私の肩を抱いて踵を返す。
「いや、兄貴。それはないだろう。まだ俺らは義姉さ、兄貴の奥さんと話してないじゃないか」
「必要ない」
「あるよ! やっと本物の身内になるんだから!」
私の肩が揺れたのを夫は見逃さなかった。
夫は私の緊張と複雑な感情を考慮して、さっさと切り上げてくれたらしいけど。義弟の放った言葉は私が何者であるかを知っていて、短慮にも言わなくていいものまで付け加えていた。
やっと。本物。
何をもってそんな事が言えるのか。
義弟は単に楽しみにしていたのだ。
私という存在を知ってからというもの、まだ見ぬ義姉と仲良くしたい、家族になりたいと、単純にそれだけを。
私は夫に微笑んだ。そして振り返る。
「はじめまして。歓迎してくれてありがとう。でもその気持ちはどうか子供にだけ向けて下さい」
義弟にも微笑んだ。
その後、義弟の後方に佇む夫の両親であるパパと立夏おばさんを真顔で見つめる。
「そうですよね。元パパとママの元親友だった立夏おばさん」
貴方達は私を捨てた。
捨てたものを拾って身内にしたいなんて思わないでしょう?
瞬時に表情を強ばらせたパパと立夏おばさんは、口籠もりながらもしきりに顔を横に振っている。
「ち、違う! お前を忘れたことなど一度もない!」
「そうよ。私も貴方達を大切に思っていた!」
「ええ。捨ててしまえるほどの浅い気持ちでね」
「っ、違う! 違うんだ!」
パパがこちらに駆け出して来た。
すまない、悪い、と涙ながらに謝罪して。
立夏おばさんもパパに続き泣きながら謝ってくる。
謝罪は要らない。
懺悔も要らない。
何も要らなかった。
そんなものは望んでないし欲しくない。
私は事実を述べているだけで、パパや立夏おばさんの心の内に興味も期待もなかったのだ。
責めているんじゃない。
怒っているわけでもない。
昔、貴方達が覚悟の上で下した結論を支持しただけ。肯定してあげただけ。
「謝罪は求めていません。ただ、お願いはあります。私と夫の子供は捨てないで欲しいのです。貴方達に捨てられた私が産んだ子など要らないかもしれません。可愛くないかもしれません。けれど、貴方達が家族として選んだ夫の子供です。私は貴方達の邪魔はしないし子供にも何も言いませんので、どうか孫だけは身内として選んで頂けないでしょうか」
夫も子供も貴方達の家族にして欲しい。
私は望まれなくていい。
認めてくれなくていい。
身内として私を仲間に入れようとしてくれた義弟にも、ちゃんと説明してあげたら分かってくれると思う。
私は要らない子。
捨てられた子。
貴方達がそう決めた。決めて選んだのです。
今更、おいで、と言われても、手を差し伸べられても、あの日あの時あの幼かった頃に欲しかったものじゃない。
私が望んだ時にはくれなかったのだから、貴方達も望んで謝罪すれば手に入るなどと思わないで欲しい。
その時は過ぎたのだ。
私はもう前を向いている。
捨てられた事を受け入れられる大人になって、貴方達の覚悟を受け止めれる大人になって、「ならぬ」人を選べる覚悟を持てる大人になっている。
だから貴方達も、私の下した結論を肯定して。
私がそうしたように、辛かろうが痛かろうが責められようが、未来の事まで責任を持つのがあの時に貴方達がした覚悟なのだから。
( 完 )
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