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車のフロントガラスに、いく筋か、光の川が流れて落ちる。
耳に聞こえてくるのは、ちか、ちか、たく、たく、右折するための方向指示器が規則的に鳴く音だ。
薄暗い雨ではない。かと言って、晴れた雨でもない。昼方、半端な明るさの、やけに蒸れた光に、聡志は目を細めた。
こういう天気は嫌いだ。胸の中で、傷痕が軋むから。これは忘れるべきことだと何度も言い聞かせているのに、心のずっと奥の部分で、未だに泣いている自分がいるから。
こういう天気は嫌いだ。本当に、面倒な思い出が色濃くなってしまうから。ただ一度、純粋に大事と想えた人が、悪戯みたいに廻り出すから。
そろそろ信号が青になりそうだ。右折待ちの車は前に二台。それらが手間取らなければ、今回で曲がることができるだろう。聡志は右手でハンドルを握り、逆の手で眠気覚ましのガムを取った。器用に包装紙を破り、ガムを口の中に放り込む。
この味も嫌いだ。彼のことを思い出すから。かつて、二人で分け合った記憶が蘇ってくるから。カフェインを摂る必要がなければ、ずっと避けていたい味だから。
聡志の脳裡に、まざまざと、龍也の映像が浮かんでくる。
もう、三年か──。
あの頃、二人は大学生だった。同じゼミで、似たような研究をし、互いの論文について、夜通し意見を交わし合っていた。
龍也は笑いながら、『おれは明るく前向きな研究。おまえは暗く後ろ向きな研究。どっちが良いとか悪いとかはない。結果は一緒だ。おれたちは必ず表彰される』と言った。
聡志にはそんな自信がなかった。彼には決して敵わない。結果が一緒だなんて到底信じられない。いつだって、ずっと、負けてばかりの人生だった。
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