2.出会った二人は

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 わざとらしい咳払いを一つして、当然のごとく俺を警戒中の冬季くんに向き直る。 「はい、なんでしょう?」 「そんなに人が良いと、いつか悪い人に騙されちゃうよ」  冬季くんは小さな声でそう言うなり深く俯き、銀色のツヤツヤした髪の毛しか見えなくなった。  キューティクル輝く若々しい後頭部を見つめて、またしても垣間見えたギャップに戸惑う。  なんだ……自分の身を案じていたのではなく、赤の他人である冬季くんをおいそれと部屋に招き入れた俺を心配してくれていたのか。  中性的で綺麗な顔立ち、個性的な洋服だけれどとってもお洒落な格好、大人びた外見、背伸びしたような話し方、諸々は本当に今風の青年なんだけどな。  なんだろう……違和感がある。  何事にも狼狽える事のなさそうな黒目がちの瞳と、所々で繰り出される発言が年相応ではないように感じるからかな。 「……冬季くんは悪い人ですか?」 「そう聞かれて「ボク悪い人でーす!」なんて言うと思う?」 「あはは……っ、いいえ」 「でしょ?」  それはそうだ。その通り。  冬季くんの返しに、ギャップに惑わされていた俺は思わず吹き出してしまった。  心身疲弊し、その後の長時間運転が三十路の体に響いている。脳が「早く寝ろ」と指令を出しているのに、まだまだ会話をしていたいと思わせるこの子は何だか不思議な力がある。  俺を見上げてきた綺麗なアーモンド型の瞳は、お世辞にも爛々と輝いているとは言いがたい。  身一つであの場所に居たことを思えば、〝何か〟が冬季くんの心を限界まで追い込んだのは明白で、それはおそらく長年の積み重ねであることも推測できる。  自傷行為の痕は数え切れないほどあった。それだけ、思い詰めていたのだろう。生きる気力を日々削られていたのだとしたら、見つめた瞳の奥が寂しげなのも頷ける。  だが俺を見上げてくる彼の視線は、とても真っ直ぐだ。  純粋であるがゆえに、心を病んで自傷行為を繰り返してしまう。濃ゆく残る根性焼きの痕が、冬季くんの純粋な心を悲しい色で蝕んでいる。そして最終的には、交際相手にひどいことを言われ自死を選ぶほどに追い詰められた。  自らを悪い人だと称する者など居ないだろうが、そういう輩は騙そうとする者に情をかけたりしない。  よって、様々な面から考えるに冬季くんは完全なるシロだ。疑う余地も無い。 「俺は……冬季くんは悪い人じゃないと思います」 「ははっ、そっか。りっくんは騙されちゃうタイプの人決定だな。それか人を信じすぎて破滅しちゃうかのどっちかだ」 「まぁ……それもよし、です」  笑顔で毒を吐く冬季くんは、俺のこれまでの交際遍歴を知らないはずなんだけれど、遠回しに「人を見る目が無い」と言われたようで動揺した。  悟られぬよう澄ました顔でカッコつけたものの、内心では密かにグサッときていた。破滅まではしていないが、信じてみた末の別れを何度も経験したことで生涯独身貴族を決め込んだ、世間的に見ると寂しい男なのは本当だからだ。 「あのさ、りっくん……。僕ホントにここに泊まっていいの?」 「いいですよ。ダメだったらはなからここに連れ帰りません。ただし、……」  これから仕事に向かわなくてはならない俺は、冬季くんに一つだけ約束してほしいことがあった。  それは、〝勝手に居なくならないこと〟。  コンビニに出かける程度ならいい。でも俺が帰ると言った時間にはお家に居てほしいとお願いした。  俺たちが自死を望んだのは、ほんの数時間前。  抱えている事情が複雑そうな冬季くんは、独りになったらまたその思いをぶり返してしまいそうでとても心配なのだ。  衝動的に人生をやめてしまおうとした二人だから、「もうそんなつもり無いよ」と力無く笑う冬季くんの台詞に信憑性は無い。  俺にとって冬季くんは命の恩人だから。  たとえとんでもなく悪い子だったとしても、救ってもらった命を取られでもしない限り、俺は冬季くんを許してしまうかもしれない。  今日まで知らなかったけれど、〝人を信じすぎて破滅しちゃうタイプ〟の典型だ、俺は。  自己分析なんてしたことがなかったから、自分の新たな一面を知ってふと笑みを溢しながら、冬季くんをリビングに残して俺は服を着替えた。  支度を済ませ一分とかからず戻ると、冬季くんは何だかとても寂しそうに、カーテンの隙間から窓の外をジッと見ていた。
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