序章 - le prologue -

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序章 - le prologue -

 今起きたことがとても信じられない。オルフィニナは息を切らせて茫然とした。  夜気に溶けていく熱い息遣いも、耳に響く甘ったるい声も、とても自分のものだとは思えない。だが、身体の奥から溢れ出て腿を濡らした淫蕩な熱は、間違いなく自分のものだ。暴かれた肌に走るざわめきも、触れられた場所から全身を巡る快感も、現実だ。  自分がこれほど淫楽に弱い肉体を持っていたなんて、知りたくなかった。  いっそそれが起きる前に戻って、なかったことにしたい。それなのに、身体にいやというほど刻みつけられた淫らな熱がそれを許してはくれない。  そして、目の前の男も。―― 「ねえ、オルフィニナ」  男は笑った。甘く滑らかな声が肌を舐めるようにくすぐり、頬に触れる指が呪いを描くように火を点けていく。 「俺たちは一緒にいた方がいい。利害も一致しているし、相性も良い。そう思わないか?」  腹の奥がじりじりと熱い。 「誰が」  そう吐き捨てて顔を背けることができたのは、まだ辛うじて正常な精神状態を保てているからだろう。しかし、これが相手の闘争心を煽った。  男はオルフィニナの(おとがい)を長い指で掴み、前を向かせた。 「強がってる姿も魅力的だ。だけど――」  ギラリと男の緑色の目が光り、形の整った唇が酷薄な笑みを作る。  身体の中心に触れる指が新たな快感を刻むように、もっと奥へと侵入してくる。心とは裏腹に、熱く蕩けた淫蕩な身体が、それを享受している。 「――っう…」  オルフィニナは咄嗟に唇を噛んだ。これ以上は、もうだめだ。心と身体がバラバラになる。無意識のうちに身体をよじったのは、防衛本能だったかも知れない。  しかし、いとも簡単に腰を掴まれ、その腕に捕らえられた。 「逃がさないよ」  ぞく、と身体が震えた。  恐怖であり、性的な興奮でもあった。オルフィニナはどちらも認めたくなかった。憎しみを込めて、自分の上にいる男を睨めつけた。  男――ステファン・ルキウス・アストル王太子は、真鍮色の髪を鈍く輝かせ、海のような瞳を愉快そうに細めて、その恐ろしく端正な貌をオルフィニナに向けた。  神々しいまでの美しさだ。その美しさが、心をひやりとさせる。 「なんだろうな…」  ルキウスは呟いた。自問するような口調だ。 「こういう感情は初めてだ。――君をめちゃくちゃにしてやりたい」  ルキウスは小さく喘いだオルフィニナの唇を長く筋張った指でなぞり、低く暗い声で言った。  次に見せた笑みはまるで、悪魔のようだった。
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