EP.2 そんな関係も悪くはない

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「お邪魔しまっす。へえー。スゲエすっきりしてるなー」 柏木の部屋は随分と綺麗に片付けられていた。 まるでショールームのような、隙一つ無い……そんな空間で、柏木の几帳面さが全面的に滲み出ていた。 「どうぞ座って」 酒やつまみをテーブルに置き、乾杯する。 お互い仕事の話もそこそこに、話題はいつしか元恋人のことへと移っていった。 「僕も良くなかった。相手を何かと束縛し過ぎたんだ。別れ際にはっきりとこう言われたよ。『もうたくさんだ。大和といると息が詰まってしょうがない』って」 柏木は顔を両手で覆いながらそう打ち明けた。 深沢はなんと言葉をかけて良いかわからず、ただ彼の背中を擦ってやった。 「同棲する前はあんなに上手くいってて、幸せだったのに。……二人で一緒に暮らしていくって難しいもんなんだね。フカっちゃん」 「……だな」 深沢にも思うところがあった。 愛実はとても度量の大きな女だと思っていた。 そんな彼女に自分は甘えてばかりだった。 好きな人の前で自分の全てをさらけ出し心を許したつもりでいたのだが、どうやらそれが間違いだったようだ。 愛実は普段小言こそ投げつけてくるが、結局は何でも深沢の思い通りにさせてくれていた。 彼女のやり方をどこまでも押し付けられた覚えは全くない。 だからこそ自分から気が付いてもう少し相手を気遣うべきだったのだろう。 愛実はそれをずっと期待していたのだろう。 今更やっと後悔する。 愛実の気持ちに全くもって無頓着で、随分と残酷なことをしていたであろう自分に。 何故彼女の心がすっかりと冷えきる前にそれを察してやれなかったのか。 それは、『彼女は彼女。俺は俺。お互いそこを譲り合う必要はない』…… そうたかを括っていたからに他ならない。 きっと愛実からしてみたら、自分はとても冷たい人間に映っていたに違いない。 別れ際に言われた。 「こっちが必要な荷物は、もう全て『進藤さん』のところに移してあるから。 あとのものは煮るなり焼くなり好きにして。じゃあね」 進藤さんとは、愛実の上司のことである。 深沢の取引先になっているおもちゃ専門の大型チェーン店に、店長として昨年赴任してきた。 そもそも深沢は四年前、その店でレジをしていた愛実から『一目惚れです』と声をかけられた。 そこから二人は付き合い出したのである。 不覚なことに、彼らがそういう関係にあることは、愛実に別れを切り出されるまで全く察知できなかった。 自分は何という鈍感なのだろう……いや、それだけ愛実に対して無頓着だったということか。 そう痛感していた。 仕事の関係でこれからもあの二人とは今後も顔を合わせていかなければならず、そこがとても辛いところである。 「僕怖い。恋人と一緒に暮らすなんて、もうこりごり。 まさか別れを告げられただけで心にこんなにもダメージを食らうなんて……」 深沢は泣きそうになりながら突然そう呟く柏木の背中を、さらに擦りながら相槌をうつ。 「だな。何がいけなかったのかとか、色々と考えちゃうんだよな」 「……ねえ、フカっちゃん」 「ん? 」 「永遠に続く愛なんて存在するのかな」 深沢はそれを聞くと背中を擦る手を止めた。
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