見合いの席(side 恭平)

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見合いの席(side 恭平)

11月の穏やかな晩秋、皇居に近い格式のあるホテルの玄関。 大きなガラスが前面に施された入口に、突然ガチッン!と鳴り響く音。 「痛っ!」と小さな叫び。 菊と牡丹をあしらった古典柄の振袖姿の若い女性が、ドアと間違えて隣の大きなガラス窓にぶつかっていた。 早く離れれば良いものを、何故かおでこを、もう2回、3回、ゴッンゴッンと打ちつけて「アイスクリーム、アイスクリーム」と呟いている。 そこへ中年の女性がやって来て、「音羽! 何やっているの? 早く入りなさい!」と彼女の手を強引に引いて中へ入っていった。 (あいつは何っやてるんだぁ? 中学生かっ?) 偶然、仕事のトラブルの電話で玄関の外に出ていて遭遇した俺、西田恭平(にしだ きょうへい)も、見合いの時間が迫っていたので慌てて中へ入った。 するとまた、ロビーで例の中学生風の彼女が、今度は幼い男の子の傍にしゃがんで、何やら話しかけていた。 「転んじゃったの? 痛かったね? 痛いの痛いの飛んでいけ〜! でも良く泣かずに頑張ったね! お姉ちゃんもね、今、泣きたいんだけど・・・泣かずに頑張っているんだよ! きっと次は良い事があるよ! 一緒に頑張ろうね!」 と子供の頭を撫でていた。 奥からさっきの中年女性に、「早くしなさい!」とまたせかされ、渋々立ち上がり俺の前をノロノロと、足を引きずるように立ち去って行った。 ロビーの奥にあるカジュアルなカフェで、俺の見合いが始まった。 庭を眺めながら席に着こうと頭を下げた時、俺は固まった! まさか・・・あの中学生らしき女が、俺の目の前に座ってうなだれている。 (冗談だろう? こいつが俺の見合い相手? なんかの間違いじゃ?) 俺は、見合い写真は、お決まりの着物で正装した、本人より数倍盛ったものだと思っている。 親からの話だし、仕事関係でもあるので、無下にも断れないと思い、会うくらいはと思って、写真は秒で閉じ、確認もしなかったことを、今更ながら悔やんだ。 見合いの席には、俺の上司にあたる専務と、彼女のほうは伯母夫妻の5人。 専務と伯母夫妻は仕事での付き合いがあるので、話が弾んでいる。 肝心の二人と言えば、黙り込んでうつむいているやつと、庭を睨みつけている俺。 こんなので見合いが成立するのか? 重苦しい空気の中、俺のスマホが鳴った。 「今朝、仕事でトラブルが発生したものですみません」 と言って席を立とうとした時、 「じゃ、あちらの会食の和室に行っているから・・・」と言って3人が立ち上がった。 彼女もトイレへ行ってから、和室に向かうと伯母に言うと、 「だから、さっさとしなさいと言ったでしょ!」と怒られながら席を立った。 ロビーで急いで電話にでる。 仕事のトラブルの後始末をしている同僚との打ち合わせの終わりに、今日の見合いはどうだ?と、聞かれたので 「最悪! ガキッだよ!」と答えた瞬間、トイレから戻ってきた彼女と目が合った。 まずい聞かれたか? 彼女は、俺の横を通る去り際に、小さく「おじんっ!」と呟き足早に去っていった。 「なに~っ?」あっけにとられながらも、俺は奥座敷の会食部屋へ渋々向かった。 既に席についていた彼女は、さっきのうなだれた状態とは違い、何故かきりっと正面を向いて座っていた。 彼女の正面に促されて座った俺も、何故か彼女をジッーと見つめてしまった。 まるで二人で、睨めっこをしているかのようだ。 まともに正面から見る彼女は、童顔ではあるが凛とした意志を持った美しい顔だった。 料理が運ばれ、仲居さんから今日の料理の説明を、楽しそうに耳を傾けている彼女。 揚げ銀杏、赤茸のうま煮、黄金茸のキンピラ、天然キノコの天麩羅、鯛 炙り鰆 カンパチのお造り、松茸の土瓶蒸し、栗ご飯等々。 香りと見た目どれをとっても美味しそうな秋会席に、彼女は大満足のようだ。 そして和やかに会食は始まった。 会席料理を美味しそうに食べる彼女の所作は、ゆったりとして綺麗だった。 ここは完璧な大人であった。 食事をしながらお互いに、自己紹介らしきものを、それぞれの介添い人が話し出した。 俺の方は今の仕事と、家族関係を専務がざっと話し、彼女の方は伯母が、彼女は現在音楽大学の4年で来年3月に卒業し、花嫁修業は一通り出来ていて、音大の専攻のビィオラを趣味としている。と紹介した。 その時、即座に彼女は 「ビィオラは趣味ではありません! 本業です!」 と大声で言ってきた。 俺は別にそこはどうでもいいと思ったが、彼女は相当こ゚だわりがあるようだ。 当たり障りのない話をした後で、最後のデザートになろうとした時、 俺の前の手つかずの茶わん蒸しに、彼女は 「茶わん蒸しお嫌いなのですか?」と尋ねて来た。 「いやっ? 今食べる気がしないだけで残した」 「勿体ない。とても美味しいですよ。食べないなら頂けますか?」 と言って俺のお膳から茶わん蒸しを持って行った。 「えっ?」 と驚いている間に 「せっかくここの料理人さんが作ってくださったんですから、残してはいけません」 と俺に説教じみた事を言って、また美味しそうに食べ始めた。 「なんだこいつは?」 と、心のなかで呟いた。 「すいません。この子、好き嫌いのない健康だけが取り柄で・・・まったく! 場所をわきまえなさい!」 と伯母はあきれた様子。 そんな伯母の様子にもおくせず、彼女は 「私と結婚したらエンゲル係数が上昇しますよ!」 とニヤリと笑った。 俺も含めた男性陣は、おもわず同時に声を出して笑ったが、伯母は 「いい加減にしなさいっ!」と、本気で怒っていた。 デザートは秋らしい栗ようかんだった。 彼女は栗ようかんを頬張りながら、少し不満そうな顔をして何か言いたそうであった。 俺は思わず「アイスクリーム頼もうか?」 と言ってみた。 「はい! お願いします」 と嬉しそうな声が返ってきた。 彼女にとってはアイスクリームは必須のようだ。やっぱりガキかっ? 一応表面上は和気あいあいと会食は終わった。 専務から、後は当人同士で少し話をしてきたらどうかと言われ、仕方なく二人で、イロハモミジの絨毯で紅く敷き詰められた庭園を散策する事に。 年齢が一回りも違う二人に、話題など合うはずがない。 取り合えず音大というから、音楽の趣味でも話してみるか? 「クラシックは余り聞かないが、ジャズは良く聞く」 とだけ話すと 「どなたのを良く聞きますか? 私はサラ・ボーンが好きです」 「そうだな、今の時期、彼女の枯葉は良いよな」 「はい。素敵ですよね♪」 「シャンソンもお聞きになりますか?」 「ラ・ヴィ・アン・ローズ ・エディット・ピアフかな」 彼女は、お落ち葉を踏みしめて歩きながら、今にも歌いだしそうだった。 意外にも話が合いそうだ。 暫く雑談をしたのちに、突然彼女から 「こんな事を言うのも失礼だとは思うのですが、西田さんは、こんな子供の私をお嫁さんにとは、思っていないと思いますので、正直に私も申し上げます。私はこの結婚はまったく考えていません。どうかそちらから断っていただけませんか?」 むっ? いきなり破談へもっていくか? と俺は少々不機嫌になった。 俺も最初から、破談だなとは思っていたが、向こうから言われると、分かりましたとは言いずらい。 少し勿体ぶるかぁ? 「確かに一回りも違うと躊躇することもあるが、それだけで直ぐ断ると言う訳にもいかないなぁ~」と言うと 彼女も食い下がって、 「私には夢があります。どうしても夢を実現させるためには、今、結婚なんて考えられません。お願いします。貴方から断ってください。父が大変乗り気なので、私の方からは言い出せません。お願いします!」 と何度も頭を下げてくるので、 「夢とは?」と聞き返すと、彼女はゆっくりと、俺を真っすぐ見据えて 「私は5歳からバイオリンを習っていました。小学生の時ヴィオラのコンサートに行って、あの低い響きに魅了されて以来、ヴィオラが私の命の次に大事な物になったんです。そしていつかはドイツのミュンヘン音大に留学したいと思っていました。そして、その夢が今回叶ったんです。10月に留学試験が通って、来年9月に行く事が決まっているんです。もう! 嬉しくて! 嬉しくて! 飛び上がりました。父もその時はとっても喜んでくれたんです。 なのに・・・1か月も経たないうちに、留学は無しだ。結婚しろ! と言われ、私は天国から地獄へ突き落されました。酷いと思いませんか?」 「う~ん・・・何とも言いようが・・・」と俺は口を濁した。 彼女は、私の夢が貴方にかかっていると、言わんばかりにジッと俺の顔を見つめている。 正直俺はこの結婚はどうでもいいと思っている。だから彼女の希望に沿うことは、簡単な事だったが、彼女の家の事情と俺の仕事絡みから、即、分かったとはいかなかった。 いや・・・それだけではなかったかも・・・真っすぐな気持ちを俺にぶつけてきた彼女に少し興味が湧いてきた。 暫く沈黙が続いた後で、 「君のヴィオラを聴いてみたいなぁ・・・」と呟くと 「来週末に学校の友人達と、コンサートをします。もし良かったらいらしゃいませんか?」 と笑顔で誘って来た。 見合いの返事は聴いてみてからと、時間を貰うことにして、その日は別れた。 彼女の屈託のない笑顔が脳裏にこびり付いていた。
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