大切なもの

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大切なもの

この夜、岩倉上屋敷は弓子と春子で楽しく夕食を済ませていた。 二人だけの夜は手抜きにしようとした二人は、春の夜をのんびり過ごしていた。 「それでね。今日、初めて生け花を習いに来た人は若い男の人なのよ」 「男の人でも好きな人はいるでしょうね」 「ううん。その人はね、お嫁さんが欲しくて女ばかりの生け花教室に来たのよ。だから私、高齢者の組に入れちゃったわ」 そう言って弓子は悪戯に笑った。一緒に食器を洗っていた春子も笑った。 「確かに、女の人が多いですものね」 「それにしても動機が不純だわ。まあ、こうなったら私も本気で教えるけど」 「ふふふ」 この時、通いの使用人が帰るというので二人は挨拶をした。 「あ、待ってちょうだい。悪いけど帰りに郵便ポストに手紙を入れて欲しいのよ」 「わかりました奥様」 弓子は手紙を取ってくる間、春子は使用人と明日の天気を話していた。その時だった。 「あれ、電気が」 「停電でしょうか」 急に明かりが消えたため、春子はそっと窓の外を見た。すると他の家の明かりは点いていた。 「おかしいですね。お嬢様」 「漏電かしら。ん、待って」 そういうと、春子は使用人を黙らせた。台所にいた二人には廊下の窓が割れた音を聞いた。 「お嬢様。これは」 「しずかに。勝手口から出てください」 この屋敷は洋館であり、複雑なつくりになっていた。ここからは勝手口から外に出られるようになっていた。この勝手口は外観重視のために外からは扉とわからないようなデザインになっていた。 「ですが!お二人は」 「私はお母様を確認します!あなたは警察を呼んでください」 「でも」 「さあ!早く。お父様に伝えて」 そういうと春子は使用人を闇夜に逃がした。そして密かに室内を確認した。 廊下の窓を破って侵入した男が見えた。 ……一、二、三、四人。他にもいるのかしら。 心臓をドキドキさせながら春子は男達の人数を把握した。 心配なのは弓子の事だった。彼女は二階に手紙を取りに行ったはずで、まだ声がしないのは、隠れているという事だと春子は思った。 ……助けが来るまで、なんとかしないと。 男達は手にナイフを持っているのが見えた。この事から、泥棒ではなく強盗だと春子は息をのんだ。 ……それよりも。お母さまは。 密かに見ていると、男達は奥の部屋に向かっていた。この隙に春子は二階へ駆け上った。 「春子」 「し!隠れて」 二人は二階の部屋に潜んでいた。 「おかしいの。電話はつながらないわ」 「切られたのよ。隠れていましょう」 こんな二人は闇を利用して隠れていた。ここに男達の声がしてきた。 ……電気もきっと切られたのね。 しかも。これはただの強盗ではない。屋敷に自分たちがいるのを承知でやってきていることに春子は恐ろしい予感を抱いていた。 ◇◇◇ 「あの、岩倉様、至急のお電話が入っておりますが」 「うちにですか。僕が対応します」 函館区公会堂にいた近藤は、岩倉の三人の代わりに電話に出た。 「もしもし」 『大変です!屋敷に族が入ったんです』 「え」 興奮している使用人の話を近藤は聞き返した。 「あの、悪戯電話じゃないですよね」 『警察も信じてくれないんですよ!近藤さん、奥様と春子様がまだ屋敷に』 「え」 『早く来てください!電気も電話も切られているんです!早く早く!」 近藤は受話器を元に戻さず、すぐに岩倉三人に声を掛けた、そしてすぐに上屋敷に向かった。 ◇◇◇ 「ででこい!いるのはわかっているんだぞ」 「おい、この部屋を探すぞ」 やはり、犯人は自分達をさがしているようすに春子の心臓が高鳴った。やがて一人の男の足音がそっと近づいていた。 ……うう、みつかる。でも、いっそ見つかるなら。 春子はそっと床に日本人形を置いた、その音に男は振り返った。 「なんだこれは。うわ」 暗闇の人形に驚いた男の隙を、春子は逃さなかった。元栄が表彰された時、贈呈された銅像で男の後頭部を渾身の力で殴った。男は伸びてしまった。 「死んだの?」 「息はしています。それよりもこれを」 春子は台所調味料を弓子に持たせた。 「これは?」 「七味唐辛子です。目を狙ってかけてください」 「ええ」 こうして潜み時間を稼いでいたが、また男が一人、二階に入って来た。 「そこにいるのか」 仲間を探している様子で、黒づくめの男は階段を上って来た。そして倒れている仲間を発見した。 「くそ!大丈夫か!」 この隙に二人は廊下を走りもう一つの階段に向かっていた。すると背後から男が追い駆けてきた。 「おい!待て」 「春子」 「いいから行って」 すると、男は春子が張った縄に足を取られ思い切り転倒していた。 「いてえ!これは画鋲か?くそ」 これに構わず二人が階段に来ると、下には男がいた。 「は、春子」 「退いて」 春子は二階に飾ってあった元栄のコレクションの銅や鉄の石を男にぶつけて行った。最後に投げたやけくその壺が顔面に当たった男がひるんでいる隙に二人は一階に降りることができ、出口である玄関に向かおうとしていた。 そこにはまたしても男が待ち構えていた。 「はは!ここにいたのか」 「きゃあああ」 「お母さん、下がって!」 掴みかかって来た大きな男を、春子はその腕をとりそのまま投げた。 大理石の床に頭から落ちた男は受け身もできす、動かなかった。 「やった!」 「早く、お母さん」 そして出口まできたが、ナイフを持った犯人の男に追い詰められしまった。 「さすが岩倉の娘だ。男三人を倒すとはね」 これに弓子は話を続けた。 「ほめてもらえて光栄だけど、なぜこんなことをするの?」 「奥さん、我々はな、岩倉に恨みがあるんだよ」 そう言って男はナイフをちらつかせた。春子は目を離さず弓子を背にし、じりじりと男と間合いを保っていた。 「まあ?それはどういう恨みなの。私で良ければ謝るわ」 「私たちの教祖が、貴様らのせいでいなくなってしまったのだ!お前の謝罪など意味はない」 「あら残念ね」 「減らず口の女よ。お前の血の色は何色かな」 ……お母様が時間稼ぎをしているうちに……あ! 間合いを取っていた春子は、一瞬、男を窓辺に背を向けさせた。 すると月明りの窓辺の向こうから、懐中電灯の明かりがパっと一回、点滅して見えた。 これに春子は覚えがあった。 ……朔弥お兄様?え。1,2,あ、来る!?…… 無言の明かりの点滅が三回瞬いた。春子は必死に弓子を抱きしめた。 「お母さん!」 「え」 春子は弓子の服を掴んで床に伏せた。するとダーンという恐ろしい銃声とともにガラスが割れた音が響いた。臥せっていた二人は床の落ちたガラスの音に思わず悲鳴を上げた。そして恐る恐る顔を上げると、窓のガラスが無くなっていた。 「春子……」 「お母さん、大丈夫、あ!」 しかし、この時、床に倒れていた男は、頭から血を流して立ち上がった。 「この女、よくも俺を標的にしやがったな」 ナイフを放してしまった男はそういうと、春子につかみかかって来た。春子は怒りの男に首を絞められていた。 「離しなさい!この」 弓子は必死にその手を放そうとしていたが、男はこれを振り解いた、 「うるせ!引っ込んでろ」 「きゃあ」 ……苦しい。もう、ダメ。 苦しみで気を失う寸前に窓から誰かが自分の名前呼びながら入ってきたよう見えた。 ……来て、くれたんだ。 春子にはぼんやりと自分に駆け寄る必死な顔の近藤と、銃を構えた哲嗣と、刀を持った朔弥がスローモーションで見えた。そして春子は、意識を失った。 ◇◇◇ 「春子ちゃん!僕だよ」 「聞こえているなら手を握り返せ、春子」 「春子、しっかりいたせ」 「ああ、春子ちゃん、お願いよ、目を開けて」 ……みんなの声がする。でも、力が入らない。 声がするが春子の体が動かなった。しかしこの時、あの人の手が自分の頬を包んだ。 「春子!起きろ。春子」 ……ああ、この大きな手はお父さんだ。 温かくごつごつした大きな手は自分の顔を包んでいた。 ……みんなが、呼んでいる。 その感触に春子は必死に答えようともがき、そして瞼を開けた。 「あ、目が開いた……僕だよ、見えるかい?」 「春子!春子!」 「哲嗣は声が大きい!春子、どうだ?」 「春子ちゃん!?ああ、よかった。もう、私は」 「どけ!おい、春子。俺が分かるか」 うるさい家族に春子は微笑んだ。 「……うん。近藤さんに、哲嗣お兄様と、朔弥お兄様と、お母様とお父様よ」 「春子ちゃん。う」 「でも、良かった、本当に」 「ああ」 「うううう」 「みんなうるさいぞ。まったく」 この言葉に全員が涙した。これを春子も泣いた。 そして回復した春子は二日で退院した。 その後の警察の調べで、強盗は春子の家に入った金庫破りの一味と判明した。 こうして春子は無事に上屋敷に戻って来た。それは別れの日になっていた。 完
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