宝石屋さんの小さな恋物語

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 最高気温を更新するほどの陽射し、ジメジメと蒸し暑い日々を忘れさせるような高台にあるフレンチカフェ。普段より少し上品な淡いブルーのワンピースを着こなし指示された木陰のオープンテラスで娘を待つ。  彼女にとって大切な人と逢って欲しいと告げられたのは、一週間前の事だった。 『あの子も、そんな人が出来る年頃に』  主人も同席する予定だったが、個人経営の仕事の忙しさを理由に今日は私一人となった。大切に育てた一人娘、きっとまだ心の整理がつかないのだろう。優しい主人だから娘の選んだ男性に反対する事は無いと分かっている。だからこそ、彼の気持ちを尊重し先ずは私だけがお会いする事を承諾した。  時折吹き抜ける心地よい風が耳元の貝殻のイヤリングを揺らす。左手薬指にはめたクスミの無い鮮やかで深い緑色を放つエメラルドの宝石に触れ、若かりし頃を思い出す。  娘が選んだ異性のイメージを脳裏に膨らませながら、時迫るにつれ微かな鼓動の高鳴りを感じ取っていた。  約束までの時間にはまだ余裕がある。意味もなくクルクルと回す都度、輝きを放つエメラルドの指輪を見つめ、娘にも話した事がない懐かしいあの頃を一人思い返していた。  初めて愛した人の事を――。
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