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 ◆ ◆ ◆  十年前の、渉太が引っ越すことを知ったのは、突然だった。  出来たばかりの恋人とのデートや、やり取りに、一所懸命となっていた理美。  そのため、小山内家の父が、地方転勤をする関係で、家族全員で引っ越すことになったのを、母から聞かされるまで、何も知らなかったのだ。  震える指で、理美は隣の家のインターフォンを押す。  このまま、彼が出てこない方がずっといい。  けれど、パタパタと廊下をかける小さな足音。 「理美おねえさん!」  彼は、急いで走ってきたのだろう。その金色の髪を乱して、ハァハァと肩で息を吐いていた。  渉太とは、久しぶりに会う気がした。  彼は、嬉しそうに頬を緩め、その大きな瞳を煌めかせる。 「あそびに来てくれたの?」 「ううん。明日、渉太くん、引っ越しちゃうんでしょ。だから、お別れを言いに来たの」 「え……」  渉太はそこで、その瞼をさらに開いて、そして今にも泣き出しそうな表情となる。  せめて、「じゃあ、元気でね」それだけを言って、立ち去ろうとした時だ。  「おねえさん、僕ね、」 「なに?」 「おねえさん、のこと、だいすき」 「っ、渉太くん、」 「おねえさん、だいすき」  懸命に両手を伸ばす、少年を見て。  ああ、私も言ってしまえたらいいのに。  例え、彼と違う意味であっても、例え彼には通じなくても。同じ言葉を、この想いを乗せて、返せたらいいのに。  彼は意思を固めたというように、強く上を向く。 「ぼく、つよくて、かっこいいオトナになるよ」  そうだ、今この瞬間に、彼も私も大人になれたらいいのに。  年の差なんて気にならないくらい、大人になれたらいいのに。  涙をこらえているような彼の表情を見て、私は腰を屈めた。  そして、ゆっくりと彼の小さな体を抱きしめる。  今この時に、『好き』の代わりに告げられる言葉を、懸命に探した。 「渉太くん……ありがとう」 「そしたら、」  そこで彼は、内緒話をするように、耳元に言葉を囁く。  幼い彼の、あまりにも無垢な願いに、心臓が壊れてしまいそうだと思った。  いけないことだなんて、分かってる。  絶対に許されないということも、分かってる。 「ゆびきり、げんまん」  差し出した小指に絡まる、小さな指先。  きっと、彼は忘れてしまうだろう。  それでも、私は思ったんだ。  これがきっと、最初で最後の、恋になるって。  ◆ ◆ ◆  隣の家のインターフォンを鳴らす。  機械の向こう側で、姿を確認したのだろう。『あ、理美さん』と低い声が聞こえた。 「渉太くん、今、暇? 遊びに来たよ」  そんなことを告げては、まるで、幼いころ、いや立場が具逆転したような思いとなり、一人で思わず笑ってしまう。 「あー、えと……もうすぐ、テストがあって、忙しいから……しばらく一人にして。ごめんね」 「あ、うん、わかった」  渉太の返事は、理美にとって思いがけない言葉だった。  理美は呆気にとられたように、震えはじめた指先を下ろす。  それから、理美は、渉太に避けられていると感じるようになった。   今まで、付き合った彼氏でもそういうことはあったはずだ。  そんな彼は、あやふやな関係のまま、新しい恋人を作っていた。  彼に、特別な何かを抱いていたわけではない、理美も思った。  ほら、『好き』なんてやっぱり、大した言葉じゃない。  けれど、渉太はどうなのだろう。  彼との関係は、一時のものだと、彼が飽きるまでの間だと、分かっていたはずだ。  それが、こんなにもあっけなく、そして、自然に消滅していくのだろうかと思うと、妙に悲しくて……いや、違う、悔しい思いとなる。  もうこの際、あのデカい体をとっ捕まえて、組み敷いて、なんでもいいから、その理由ってやつを吐かせてしまおう。  なんでも、なんでもいいんだ。飽きたでも、他に好きな人が出来たでも、なんでも。ただ、彼が選ぶ、幸せなら。  そんなことを考えて、コンビニにて、張り込みをしていた理美。  いつか、渉太にはバレバレであった、変装ではあるが、今回は大幅にグレードアップさせた。  新しい服は、タイトなジーンズとブルゾンのボーイッシュなコーディネートであり、そこにつば付きの帽子と、友人たちから借りたカツラまで、被っているのだ。  ここまですれば、絶対に、絶対にバレない。  雑誌コーナーで、ファッション本を立ち読みしながら、周囲を見渡し、理美はそう、確信していた。 「あの、すみません、」  そんな時、ふと、後ろからかけられた声。  そこには、明るい髪色の若い男が立っている。  申し訳なさそうに、微笑んでいるその男と、会話のやり取りを始めた時だ。 「だめ!」  店内に響き渡る大きな声。  それに、客も店員も皆が、そちらの方を向く。  理美も、つられるようにそちらへと視線をやれば、隆々とした肉体を持った、一人の男が入り口に立っていた。  彼は、ハァハァと肩で荒く息を吐き、そして、こちらへとズンズンと近づいてくる。 「だめ! 理美さんは、俺の彼女さんなので!」  渉太はそう叫ぶように告げると、理美の腕をとって、そのままコンビニを出ていく。  その後、気付けば、渉太の部屋へと連れられていた理美。 「渉太くん、急に引っ張っていくから、びっくりしたよ」 「だ、だって、理美さんがなんか、いつもと違う髪型と服だったから、気になって……格好よくて、凛々しくて、好き! ってなったけど、なんかおかしいなと思って、近くで、ずっと見てたんだ……」 「え、嘘!」  どうやら、理美の変装は、またしても簡単にバレてしまっていたらしい。  それどころか、待ち伏せていた相手から、遠くで監視されていたようなのだ。恥ずかしさから、慌てて帽子とカツラを外し、自身の髪を整えた。 「しかも、男の人に声かけられたから。俺、理美さんが取られちゃうんじゃないかと思って。ほ、本当は、戦ったりできたらよかったんだけど……」  どうやら、彼は、声をかけてきたあの男性と、理美に、何か関係があるのではないかと考え、あのような行動に出たようだ。  そして、彼の言葉に、理美は思わず、吹き出すようにして笑う。 「戦う必要なんてないよ。ちょっと、道を聞かれただけなんだから」 「そ、そうなの?」  理美の言葉にキョトンっと目を丸くさせる渉太。  そして、大げさなほどに肩を落とし、身を小さくさせた。 「俺、だめだね。人のこと、見た目で判断したりするの、自分だって嫌なくせに……」 「嫉妬なんて、かわいいね」  そんな男を励まそうと、理美はそう告げる。  しかし、渉太は、その言葉に、ピクリと眉を動かし、そのまま何も言葉を発さなくなった。  そこでようやく理美は、自分は、彼に避けられていたのだということを思い出す。 「渉太くん、なんで、私のこと、避けてるの?」 「っ、避けてた、つもりはないんだけど……いろいろ自分の中で整理、出来なくなっちゃって」  渉太は恐る恐る、選ぶようにして言葉を発していく。 「整理って?」 「っ……理美さんは、今の、俺のこと、どう思ってる?」 「えっ、えと」  急な男の言葉に、思わず、恥ずかしさを感じてしまい、何も言えない理美。  けれど、渉太はそれに、何も言わないでというように、ゆっくりと首を左右に振る。 「……俺ね、十年前、理美さんに彼氏が出来て、かわいいって言われる顔とか、小さい体とか、全部全部、理美さんと釣り合わない子どもだって、言われてるみたいで、大っ嫌いになったんだ」  容姿や体型、そういった見た目に自信をなくした渉太は、いつか、人前に立つ時は、常に、マスクを着けるようになっていた。  大嫌いな、自分を隠すために。 「それに、理美さんは忘れちゃったかもしれないけど、俺には、ずっとずっと大事にしてる、約束があったから」 「それって、」  理美は、そこでふと、思い出す。  過去の渉太が発した台詞だ。 『ぼく、つよくて、かっこいいオトナになるよ』 「だから、早く大人になれるように頑張ってみたんだ」  他人から見れば、必要以上と思われるほどに体を鍛えて、身長も伸びて、いつしか、容姿も大人っぽくなり、自分は変われたと思った。  だからこそ、大学入学を機に、理美の住むこの町へと、一人戻ってきたのだ。 「それで、理美さんと恋人になれて、すっごく嬉しかった。けど、理美さんは、きっと小さいころの、俺の方が、好きだったんだよね。だって、あれだけ、昔は好きって言ってくれたし」  渉太はそことで言葉を切り、そして大きな肩を震わせる。  今にもその瞳から、涙がこぼれそうになっていた。 「それなのに、理美さんは優しいから。ずっとずっと優しいから。だから……俺を拒絶したかったのに、出来なかったんだよね。俺ばっかり舞い上がってそれで、理美さんを苦しめてたよね。俺って、いつもそうだ。理美さんの気持ちにぜんぜん気づけなくて」   ここ数日間、ずっと悩んでいたことを渉太は、告げると、目じりに溜まった涙が零れないように、へらりと笑う。  そんな彼の表情を見て、理美は、叫ぶように言葉を発した。 「ちがうよ! 最初は、驚いたけど、ちがう……ずっと、ずっと、好きなのは、きっと私の方」  理美はようやく、その言葉を告げる。  認められなくて、認めちゃいけない、この思い。  だからこそ、幼いころから、好きでもない恋人を作っては、『好き』と嘘をつくことも出来ず、この年齢まで、他の恋人とは、なんの進展しなかったのだろう。 「確かにショタは、大大大好きだけど、きっとそういうこととか関係なしに、渉太くんのこと好きだった。それに、こんなに大きくなっちゃった渉太くんを今も、好き、なんだよ」  この十年間、ずっと、理美は怖かった。  成長した渉太は、きっと、あの約束なんて忘れて、そして、自分との年の差や、その時の行いの異常さに気づく。  そして、きっと嫌われてしまっているんだろうと思っていたのだ。  好きな相手に、嫌われるというのは怖い。  フラッシュバックする過去の思い出は、その時への後悔というよりも、今を生きる彼への恐怖からくるものだったのかもしれない。  だから、別人とも思えるほどのに成長した彼と再会して、けれど、彼がまた、笑ってくれたことに、少し、安心した。  そして、今も好きだ、と言ってくれたことも。  十年経ったとはいえ、まだ若い彼のそれが、一時の感情であることなんて、分かっている。  彼が、幼いころに交わした、あの約束を覚えていなくたっていい。  私は、誰とも結婚できなくて、一生一人でいたっていい。  彼が笑ってくれるなら。ただ、それだけ、それだけなのだ。  そんなことを考えているはずなのに、いつの間にか、今の彼ことも、どんどんと止められないくらい、好きになっていたのだろう。 「理美お姉さん、それ、本当?」  いつの間にか、渉太が瞳を丸くさせて、こちらを見上げている。  その姿が、十年前の彼と重なっていく気がした。 「……うん、本当だよ」 「な、なら、もう一回聞きたい、」 「……だいすき」 「っ!」  理美のその言葉を聞くなり、大きな手のひらで口元を抑える渉太。  そして、恐る恐るその手を外すと、頬を赤らめて言葉を発する。 「おっ、俺も、だいすき……だい、だい、だいすき!」  渉太はそう言うと、これでもかというほど、思いを込めて、その言葉を何度も告げる。  そんな彼の言動に笑って、理美はそっと、男の唇に手を添えた。すると、自然と伝わってくる相手の、体温。それが、もっと欲しいと感じる。 「あのね、渉太くん……えっちしない?」 「あ、へ……え……ええええ!?」 「だめ?」  理美の言葉に、聞き間違いではないかと、何度か頭をひねった渉太。その後、彼女の瞳が真剣に、自身のことを映していることに気付いては、渉太は叫ぶ。 「っ、ど、どうしよっ! 理美さんから誘って貰った! え、これ、夢ぇ……?」 「夢、だと思う?」 「っ……思う、よ」  渉太は、声を詰まらせながら答えて、頷く。 「理美さんと再会できて、恋人同士になれてから、ずっと、理美さんのことが大好きすぎて、全部、夢なんじゃないかって思う、んだよ」  今度は、興奮と期待から瞳を潤ませて、渉太はたどたどしく、そう告げた。  理美はそれに笑い、ずいっと男へと顔を近づけえう。 「渉太くん、えっちしよ」 「っ、あうっ!?」 「ねぇ、えっちしたいよ……」 「はっ、んぅっ!」  男の反応が面白くて、理美は、何度もその言葉を告げる。男が、顔を覆って、耳まで赤くさせてしまったところを見て、「ね、夢じゃないでしょ?」と笑う。 「も、もう、わ、わかったから! 理美さんと、え、えっちする前に、俺、もう、変になっちゃうよ~……」 「かわいいね。あ、かわいいって言われるの嫌なんだっけ?」  男の反応が愛おしくて、思わずそう告げてしまった理美。さきほど、彼の思いについて聞いたばかりだというのに、しまったというように、慌てて口を抑えた。 「っいい、よ……理美さんの言う、かわいいは、ちょっと意地悪で……す、すきぃ……」  男はそう言うと、トロトロと瞳を溶かす。 「ん、かわいいね」 「あ、んっ、んんっ」  理美に何度もキスされながら、そう言われ、だんだんと体の力が抜けて行ってしまう、渉太。  そのまま、ソファーへと倒れそうになったところで、「あ!」と思い出したように告げる。 「あ、あのね、その、え、えっちなことするなら、つ、続きは……俺の、ベッドでもいい?」 「うん、いいよ」  緊張した様子で何を言うのかと思えば……と理美は笑う。  けれど、確かに、ソファーでことに及ぶのは、いつもながら大変だし、男の寝室へは、理美も入ったことがなかった。 「理美さんが、俺のベッド……座ってる」  暗い色のシーツと布団のベッドに、理美は勧められるがままに腰かける。  リビングの筋トレグッズが減っていると思っていたが、どうやらこちらの部屋に移動していただけのようだ。もはや、マシンというようなトレーニング機器が、壁沿いに並んでいる。  理美がその部屋の様子を眺めている間、渉太といえば、自身のベッドに腰かけている、理美に見惚れているようだ。 「……渉太くん、おいで」  いつまでもこちらに来ない渉太を見て、理美は、子どもを呼ぶようにして、手を広げる。 「理美おねえさんっ」  男はそれにもう堪え切れないというように、大きな体を震わせて、理美の足元へと縋り付くように座り込んだ。  早くキスが欲しいというように、半開きにした口を上へ、上へと突き出している。まるで、コイの餌やりだ。 「んー、それで、渉太くんって、どういう、えっちがしたいの?」 「え、ど、どういうって?」 「えっちな本とか、たくさん持ってるって、言ってたでしょ?」  いつか、成人向けの本を所持していることを、理美へ零してしまった渉太だ。「たくさんじゃないよ!」と慌てて否定する。 「それに、どちらかというと、いつも理美さんのこと想像して、」 「じゃあ、どんな想像? 今日はなんでも、付き合ってあげる」 「えっ、ええっ! えとっ、理美さんが、俺の上、乗ってくれて、それで、あまやかしてくれたり、いたずらとか、いじわるとか、してくるの……とか、い、いろいろ、想像してる!」 「……それ、いつもの、じゃない?」  お互いに『好き』という気持ちが正直に告げられたのだ。せっかくなら、彼の望むことがしたいと考えていた理美も、渉太の返答には、首を横に倒す。 「そ、そうかもしれないけど、そうじゃないっていうか……あ、あと、だ、だいすきってたくさん言って欲しい……」 「うん、いいよ、じゃあ、隣に座って」 「う、うん」  彼女の言葉に、男は大きな尻を動かし、おずおずと、隣へと座り込む。それに、ベッドはギシリと音を立てた。  理美はそんな彼を見上げる。やはり、彼はどこまでも大きい。  そんな彼の体を跨ぎ、ちょこんっと膝の上へと乗り上げた 「あっ、理美おねっ、さんっ」 「渉太くん、脱がせていい?」 「い、いいよ!」  渉太はすぐさまそう告げると、慌てたように、両腕を上げる。  そんな男へと、理美は手を伸ばした。タンクトップの裾を持ち上げるようにして触れていく、腰、脇腹、そして胸。  ハァハァと頭上から聞こえる声は荒くなってくる。  そのまま、男の首を通り、そして、、腕からシャツを引き抜く。  すると、それだけで顔を真っ赤にさせた渉太が、プルプルと両腕を抱えるようにして、震えていた。 「っ、理美さ、ん……俺の体、嫌じゃない?」  男が体を小さくさせればさせようとするほど、逆に持ち上がっていく胸や腕の筋肉。そんなものを見て、理美は、顎に手を添える。 「うん、正直、マッチョって苦手だって思ってたから、渉太くんを初めて見たときは、申し訳ないけど、少し引いた」 「え、えええええ!?」  ここで知らされた驚きの真実に、渉太は、身を跳ね上げる。  けれど、理美はそんな男の胸に手のひらを添えた。 「でも、今では、この体も好きだよ」 「っ、理美おねえ、さんっ、んっ」  キスを送りながら触れていく、体。小さい時とは、肌の滑らかさも、肉のつき方も、何もかもが違う。  けれど、これが『好きな相手』の体なのだと思うと、ドキドキと胸が高鳴った。  だんだんと、汗ばんでいく体。そして、上から降り注ぐ、熱い息が、自身の髪の毛を揺らす。 「っ、ん、理美お姉さんで、俺の体がいっぱいになってる」 「なんかえっちな言い方だね」  渉太の切羽詰まったような台詞を聞いて思わず笑う理美。  そしてもう一度、彼へとキスを送った時、腹の辺りに触れた硬いものの存在に気づく。  そっと、姿勢を横へと傾ければ、ズボンの上からだと言うのに、大きく出っ張っている男の中心。 「こっちも、触ろうか」 「う、うんっ」 「じゃあ、ねんねして?」 「あ、うう~、そんな言い方、だめぇ~」  そういいながらも、トロトロと表情を溶かして、渉太は、ズバンっと音を立てて、仰向けに倒れる。  理美は、そんな男のズボンへと手をかけて、また、太ももや、膝に触れるようにして脱がせていく。  それがじれったいのだろう。男は大きな体を、縮こませ、「うん~ん」と、甘い唸り声を上げる。  ようやく脱がせ終わったズボン。次はパンツだとそれに手をかけようとした時だ。トランクスの隙間から、すでに漏れ出してしまっている、男の性器。 「やっぱり、大きいね」  それの輪郭を確かめるようにして、理美は下着のスリットのすぐ脇へを指先でなぞる。すると、「あっんっ!」と高い声を上げて、背を逸らす男。 「あん、だって~」 「ら、らってぇ、理美さんが、急に触るからぁ~」 「大きいなぁと思って」  そういいながら、理美は、男の男性器を指の腹で軽く何度も触れるようにする。その度に、「あう、あうっ」と、渉太は、何か生き物のような声を上げる。 「だ、だってぇ、理美さんとの、えっちだから……すぐ、お、大きくなっちゃう、よ」 「うん、大きいとこも、好きだよ」 「はう! お、おれぇ、大きくて、よ、よかったぁ……」  理美はそう告げて、男の胸元にキスを送りながら下着を脱がしていく。ようやく宙に晒されたそれは、腹につきそうなほど反り返っていた。 「それじゃあ、渉太くん、触るね」 「んん!」  彼女にそう言われると、男は青筋を立てるようにして力む。思ず、達しないようにということだろう。理美はそんな男の、それをそっと握り、動かした。 「きもちい?」 「うんっ、きも、ちっ、あ、そ、その、や、優しくしてぇ」  強請るようにそう言っては、理美を、その分厚い太ももで挟むようにする渉太。  力はそれほど込められておらず、苦しくはないが、優しくしてほしいという彼の言動とは正反対の行動だ。 「渉太くん……かわいい」 「あっ、そんなこと言われたらっ、理美さんっ、俺、もうイっちゃう!」  理美の甘い声をすぐ下に聞いて、渉太は、懸命に首を振る。とろとろと先走りがあふれていくのを感じていた。 「……渉太くん、だいすきだよ」 「お、俺も、大好き! いっぱい好きで、それで、んんんっ!」  彼女の言葉に、数十倍の思いをもって答えようとした、矢先だ。  耐え切れなくなった渉太は、思わず、そこから精液を飛ばしてしまう。 「理美さん、お水飲む?」  その後、軽く体を拭き終え、先にシャワーへと行った渉太。戻ってくると、飲料水のペットボトルを一本、理美へと手渡した。 「ありがとう」 「え、えと、俺の家のでイヤじゃなかったら、シャワーも使ってね」 「うん、もう少し休憩したらね」  理美はそういうと、ゴロリと、ベッドへと転がった。 「えへ、へへへへ~」  渉太は、そのベッドの脇の床で、前屈などのストレッチしながら、ニヤニヤとした表情を浮かべている。  さっきまで、あれだけ激しく声を上げ、汗を流していた彼だというのに、自分よりも元気そうだ。 「ニヤニヤしてる……」 「だ、だって、もしかして理美さんって俺のこと好きじゃないのかな、むしろ嫌われてたのかもとか、思っちゃってたから、こんな風に、えへへ……い、いっぱいしちゃったぁ……」  脇や太ももの筋肉、ついでに鼻の下も伸ばしながら、そういう男。  ずっと、彼も自分と同じような想いだったのかと思えば、こちらの方が夢を見ているような気分だ。  理美は、そんな現実を確かめるために、肩へと後ろから抱き着くようにする。 「うわっ、なに!?」 「ん、なんでもないよ」  そういいながら、理美が耳にキスを送れば、「ああ~」と声を上げる渉太。  そして、彼女の手のひらをそっと握り、ポツリと語りだす。 「あのね、理美さんは、俺のもう一つの約束、覚えてる?」  そんな彼の言葉に、理美は記憶のふたを開ける。 『ぼく、つよくて、かっこいいオトナになるよ』  涙の溜まった、大きな瞳がそう告げる。  そして、小指に絡まるのは、細い指先。 『そしたら、僕と結婚してください』  それが、彼と自分だけの、十年前のやくそくだ。 「うん……覚えてる」 「っほ、ほんと!? そ、それじゃあその、俺って今、強くて格好いい大人になれたと、思う?」  男は、前のめりにそう尋ねてくる。そんな彼の頬をそっと摘まむようにした。 「んー……まだ早いかな」 「ええ~っ!」  唇を尖らせる渉太は、今のは、肯定してくれる流れでは……とでも言いたげだ。  けれど、理美は笑って、ベッドから上体を持ち上げる。 「渉太くんはね、焦らなくていいよ。私は、十年前も今も、ずっと渉太くんのこと大好きだから。だから、いくらでも待てる」  そうだ。彼がずっと待っていてくれたみたいに、今度は自分が待とう。 「たくさん勉強して、たくさん遊んで、辛い仕事もして、好きな仕事もして、それでも、渉太くんの気持ちが変わらなければ、」 「変わることなんてないのに、理美さんはやっぱり優しいね」  理美の言葉を遮るようにして、静かにそう告げる渉太。  理美のことを持ち上げ、自身の腕の中へと収める。 「怖いだけ、なのかも」 「理美おねえさんに、怖いものがあるなんて知らなかった!」  幼い頃の彼のような口調で渉太はそういい、笑う。  理美は、そんな渉太へと、再びキスを送る。  そのキスの合間に、ポスリと頭をベッドへと落とした男。理美を抱えたまま、強請るように首を傾げる。 「あのね、俺、その、また、なんか体熱くて、……理美おねえさん、もっと、いたずら、してくれる?」 「……うん、いいよ」 「そ、そうだよね……理美さんは、明日も仕事だし~って、えええ!? いいの!?」  理美の思わぬ返答に、驚く渉太。  そんな男の腹へと乗り上げ、シーツへと縫い付けるように、自身の二倍以上ある、大きな手のひらを握れば、自然と絡まる、小指の先。  これから、自分たちにどんな出来事が、待ち受けているのか、わからない。  自分が老婆になるまで、彼の成長を待ち続けなくてはならないかもしれない。  彼のこの立派な肉体が、また昔のように小さくなるかもしれない。  明日には、世界が消滅するかもしれない。  十年後どころが、数秒後だって、予想できない。  それでも、どんな世界でも。  ほら、これがきっとこれが、最初で最後の恋になる。 END
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