敏腕スパイは逃げられなかった。

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 某軍事国家の敏腕スパイ・ケイは、敵国に囚われてしまった。  些細なミスだった。足跡をひとつだけ消さなかった。土砂降りの雨だったから消えるだろうと踏んだのが悪かった。くだらない怠慢で、ケイは潜入先であるB国の隠密部隊に捕獲され、薄暗い地下室に収容された。  バシッ!  灰色の防音壁の室内に、鞭がしなる音が響く。もう三十分もケイは鞭による拷問を受けている。しかし彼はうめき声ひとつ漏らさなかった。 「いい加減吐け! A国の情報を!」  二人の尋問官が鞭を片手に声を荒らげる。その呼吸は乱れており、疲弊しているのが分かった。 (……よし。このまま疲れさせてしまおう)  背中を血まみれにしながらもケイは冷静に計算した。どうすれば脱出できるのか。頭の中にはそれしかない。  鞭も棍棒も針も火も電気もケイは怖くなかった。そんなものは祖国でスパイとして訓練を受けた時に散々味わった。ケイの筋骨隆々な肉体に刻まれた無数の傷が、彼がどれほどの苦痛に耐えてきたか物語っていた。  痛みでは、ケイの思考力と忠誠心は奪えない。  しばらく経ち、尋問兵たちは手を止めて荒い呼吸を整えた。 (こんなものか……)  ケイは吹き出しそうになるのを堪えた。  尋問官たちが囁き声で会話する。唇の動きで、一旦外に出て休憩することを読み取った。  チャンスだ、とケイが目を光らせた時。  拷問室のドアが開き、一人の女が出てきた。
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