まさかの二人っきり

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まさかの二人っきり

「小説、そう例の小説の内容、とても面白かったのです。エドモンド様、あなたもぜひともきいておくべきです」 「小説?そうなのか?だけど、こんな真夜中だしな。明日、皇都に戻る途中できいても……」 「エドモンド様っ!」  リベリオは、急に大きな声を出した。  エドモンドもわたしも、その大声にビクッとしてしまった。 「わたしは、もう寝ます。せっかくなのです。いまこのタイミングです。このタイミングできくべきです」  リベリオは、びっくり顔のエドモンドに噛んで含めるように言ってから口を閉じた。 「あ、ああ。それだったら、いまきいておこうかな」  エドモンドは、リベリオと視線を絡めた後にそう答えた。 「ミオ。いまはまだ、例のことはだまっている。そのかわり、いまは彼といっしょにすごしてやってほしい。いいね?」  リベリオがわたしに身を寄せてきて、耳にささやいた。それから彼は、エドモンドに近づいて同じようになにやらささやいた。  そして、リベリオは「おやすみなさい」と独り言のように言い、居間を出て行ってしまった。  なんてこと……。  いくらなんでも気まずすぎる。  急にエドモンドと二人っきりだなんて……。心の準備が出来ていないわ。  ああ、そうか。大好きな「黒バラの暗殺者」のストーリーを語るだけですものね。いらないことはかんがえなくってもいいんだ。 「その、エドモンド様。エドモンド様は、どんなパターンがいいですか?」 「えっ、なんだって?」  なぜか落ち着きのない彼に尋ねてみた。  エドモンドったら、そんなにワクワクしなくってもいいのに。まるで絵本の読み聞かせを心待ちにしている子どもみたい。  そんな彼が、可愛く思えてくる。 「あ、すみません。と言ってもわかりませんよね。セクシー派、イケイケ派、清純派、アブナイ派……。あとは、そうですね。インテリ派に傲慢派、なんだって大丈夫ですよ。エドモンド様のご期待に添うようにします」 「黒バラの暗殺者」の主人公である通称黒バラは、ターゲットの好みの女性を演じることが出来る。  どんな女性にでも化けることが出来、しかもかならずやターゲットを夢中にさせてしまう。  すごい女性なのである。  わたしもこんな女性になりたい。夢中で読んでいたとき、いつもそんな風に思っていた。  あっもちろん、暗殺のスキルのことじゃないの。どんな男性でも確実にモノにする、という点ね。  その瞬間、「ゴトッ」と大きな音がして驚いた。  エドモンドの手から、剣がすべり落ちたみたい。 「セクシー?アブナイ?」 「ええ。なんでも大丈夫ですよ。エドモンド様のお好みしだいです」  どうしたのかしら?彼の顔が、これ以上にないほど真っ赤になっている。 「その、わたしは……」 「エドモンド様。剣が……。剣を、落としましたよ」 「あ、ああ。そうだな」  彼に指摘すると、彼は慌てて上半身を折って剣を拾おうとした。  が、剣の柄をつかむどころか、指先が触れることさえない。  いったいどうしたの?顔が真っ赤だし、熱でもあるわけ?だから、物がちゃんと見えないのかしら。だとすれば、高熱じゃない。  まぁ、大変。小説のストーリーを語っている場合じゃない。 「エドモンド様、熱があるのではないですか?」  彼に近づくと、まず剣を拾い上げた。  同時に、もう片方の手で剣をつかもうとしていた彼の手を握り、長椅子へと導いて座らせた。  彼の手は、そんなに熱があるっぽい感じじゃないわね。  そう判断して彼の手から自分の手をはなそうとした瞬間、彼にわたしの手をつかまれてひっぱられてしまった。  必然的に、彼の隣に腰をかけることになった。 「ミオ、リベリオに何を言われた?彼は、きみを困らせるようなことを言わなかったか?」  ささやくように問われ、反射的に彼の方を見た。  美形が近すぎる。やはり、熱があるんだわ。間近で見たら、深紅と言ってもいいほど真っ赤っかになっている。 「リベリオさんですか?えー、そうですね。困らせると言えばそうかもしれませんが……」  わたしの正体について、とは言えないから、ごまかすしかない。  彼の顔が近すぎるので、わずかに上半身をのけぞらさなければならない。 「彼に言われたよ。きみは、知っている。だから、チャレンジするならいまだ、とね。これがラストチャンスだとも言われた」  せっかくのけぞったのに、その分彼が顔を近づけてきた。 「ミオ。ぼく(・・)はいま、自分の感情と理性との狭間で戦っている。感情をおさえきれそうにない。だけど、なけなしの理性がかろうじてそれを抑え込んでいる。きみを困らせたり悲しませたりさせたくない。手遅れにならない内に、きみの気持ちをきいておきたいんだ」  わたしの手をつかむ彼の手が、わずかに震えていることに気がついた。真っ赤な顔は、見たこともないほど真剣さを帯びている。  この前、厩舎で襲われたときにわたしを助けてくれたとき以上の真剣な表情のようにもうかがえる。
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