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1 伊吹
もう涙も出ない、と伊吹は思った。
この、見た目だけは頗る流麗な男に穿たれる行為に慣れていくのと比例して、汚れていくのだ。
中に射精される度、伊吹は自分の身が黒く澱んだ水に染まっていくのを感じる。
( 何で、僕なんだろうなあ…。)
そんな風に考えるのも、もう疲れてしまった。
飽きもせず自分の上で腰を振り続けるやたらと綺麗な顔をした男にも、同じ問いを繰り返したのだ。
泣きながら。時には、怒りながら。
けれど答えは未だにわからないのだから、これから先になったってわかる気はしない。
不自然に、でもリズミカルに揺れる視界と、肉のぶつかる音は今日もまだまだ止みそうにない。
能勢 伊吹は恋をしている。
小5で今の家に引越してきてからだから、もう足掛け7年くらいの長い片想いだ。
幸いというか、何というか、その恋慕の相手とは、中学はともかく高校も同じ所に進学出来て、1年の時は隣のクラスと離れたが、2年に上がると同じになれた。
けれど、その相手は、同性の 、それもとびきり綺麗な顔立ちの優しげなイケメンなので 友人にも誰にも打ち明けた事すらない。
同性というだけでもハードルは高い。
けれど、それ以前に彼と自分とでは生きているステージが既に違う。
彼、 花臣 一颯は。
何処に存在していようが、その場の花になれる男だった。
とにかく、眉目秀麗。
勿論、伊吹が最初に彼に好意を抱いたのだって、その優しげな、御伽噺の王子様のような外見と、誰にでも優しく振る舞う柔和さが最初だ。
別に、隠された一面がどうの、なんて言う、漫画や小説みたいな理由は無かった。
只、綺麗で優しいものにあこがれた。
それだけだ。
人の、内包され隠された面をわざわざ覗き見ようとする程、伊吹は聡明でも思慮深い子供でも無かった。
そしてそれは、高校生になった今でも同じ。
多少は洞察力や思考力が成長しても、それを恋する相手の負の部分を見る事になんて、わざわざ使おうとは思わない。
どうせ告白する訳でも、付き合いたいと思っている訳でも無し。
伊吹は只、毎日素敵な花臣の眩い顔を拝めて、耳触りの良い、よく通る穏やかな声を聴けさえすれば、1日幸せだった。
教室内ですれ違って、花臣の匂いを意識したり、目が合ったりしたら、その夜はなかなか寝付けない程に嬉しくて、自分は花臣と同じ時代に生まれて来れて、こんな近くで息を出来る幸運を、神か仏かに感謝した。
自分は本当にラッキーな人間だと。
そう、感謝していた。
あの日迄は。
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