本編

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思い返せば、凜は、完全な両思いなるものを経験したことがない。 高校生の頃はひとつ上の先輩にずっと片思い。 大学生になって初めてできた彼氏…だと思ってたら、ただのキープで本命は別にいたり、浮気者、既婚者、ヒモ…と、恋愛経験はそれなりなのに同じ温度で思いを寄せ合う体験は皆無。 恋愛というものに過度に期待し、若さゆえに突っ走っていた自覚はあるが、それでも、受け入れられない、続かない、という体験は凜に深い傷を残した。 故に、まだまだ盛りの25歳という年齢にも関わらず、自らの恋愛に希望を持てなくなってしまった。 恋愛に興味がないわけではない。 寧ろ大好きである。 元来の惚れっぽい性格は健在で、素敵だなぁ~と思う男性も沢山いる。 恋をしてキラキラしている女子を見ると、可愛いなあ、と思うし、きゅんとする。 でも、いざ自分が、となると行動に移せない。 それどころか進んで遠ざかってしまう。 数々の苦い思い出がストッパーになっているのだ。 気付けば、完全なるレンアイ傍観者になってしまった。 そして、やたらと社内の恋愛事情に詳しくなっていた。 その噂を聞き付けて、気になる異性の情報を探りに来る社員もいたりするほどだ。 「ねえ、あれさ、営業一課の糀谷さんじゃない?」 同僚のエリナが肩を小突く。 そっと後方を窺うと、スーツの一団の中に一際目を引くイケメンがいる。 「あー、本当だ。あの面子は同期会だね」 正直、プライベートで同じ会社の社員には会いたくない。 「凛さあ、前にタイプだって言ってたじゃん。ちょっと、いってみれば?」 「うーん、やめとくー」 凛はチューハイをチビチビ飲みながら、枝豆を摘まんだ。 エリナは凛の手から枝豆を奪う。 「もう!あんたさあ、いつまで傍観者でいるつもりよ。つまんないわね」 「えぇ、だってさあ、よりにもよってあんな競争率高い人無理だよ。私の知る限り社内で確実に五人は狙ってるよ」 だからー、無駄なのよ、その情報。 エリナは管を巻く。 「私はいーの。当分はこのままで。そして、40歳までお金を貯めてマレーシアに移住する」 「え?小山内さん、マレーシアに行くの?」 いきなり背後から聞こえてきた男の声に、凛とエリナは振り向いた。 先ほどまで背後のテーブル席で騒いでいた社員の一人が立っている。 経理部の有田(リア充)だ。 そして、その背後に有田に腕を掴まれて居心地悪そうに立っているのは、糀谷だ。 「はは、あの、ただの願望なんで…」 どぎまぎして答えると、有田はにっこり笑った。 「突然で悪いんだけどさ、実はさ、こいつの相談に乗ってやって欲しいんだよ。小山内さん、社員の恋愛事情に詳しいんだろ?是非とも」 しかし、糀谷は明らかに嫌がっている。 断ろうと口を開いたところをエリナが遮った。 「相談にのってあげなよ!有田さん、私はそっちに参加して良い?」 エリナはグラスを持って席を立つと、凛に意味深な笑顔を向けて有田と去ってしまった。
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