583人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
本編
思い返せば、凜は、完全な両思いなるものを経験したことがない。
高校生の頃はひとつ上の先輩にずっと片思い。
大学生になって初めてできた彼氏…だと思ってたら、ただのキープで本命は別にいたり、浮気者、既婚者、ヒモ…と、恋愛経験はそれなりなのに同じ温度で思いを寄せ合う体験は皆無。
恋愛というものに過度に期待し、若さゆえに突っ走っていた自覚はあるが、それでも、受け入れられない、続かない、という体験は凜に深い傷を残した。
故に、まだまだ盛りの25歳という年齢にも関わらず、自らの恋愛に希望を持てなくなってしまった。
恋愛に興味がないわけではない。
寧ろ大好きである。
元来の惚れっぽい性格は健在で、素敵だなぁ~と思う男性も沢山いる。
恋をしてキラキラしている女子を見ると、可愛いなあ、と思うし、きゅんとする。
でも、いざ自分が、となると行動に移せない。
それどころか進んで遠ざかってしまう。
数々の苦い思い出がストッパーになっているのだ。
気付けば、完全なるレンアイ傍観者になってしまった。
そして、やたらと社内の恋愛事情に詳しくなっていた。
その噂を聞き付けて、気になる異性の情報を探りに来る社員もいたりするほどだ。
「ねえ、あれさ、営業一課の糀谷さんじゃない?」
同僚のエリナが肩を小突く。
そっと後方を窺うと、スーツの一団の中に一際目を引くイケメンがいる。
「あー、本当だ。あの面子は同期会だね」
正直、プライベートで同じ会社の社員には会いたくない。
「凛さあ、前にタイプだって言ってたじゃん。ちょっと、いってみれば?」
「うーん、やめとくー」
凛はチューハイをチビチビ飲みながら、枝豆を摘まんだ。
エリナは凛の手から枝豆を奪う。
「もう!あんたさあ、いつまで傍観者でいるつもりよ。つまんないわね」
「えぇ、だってさあ、よりにもよってあんな競争率高い人無理だよ。私の知る限り社内で確実に五人は狙ってるよ」
だからー、無駄なのよ、その情報。
エリナは管を巻く。
「私はいーの。当分はこのままで。そして、40歳までお金を貯めてマレーシアに移住する」
「え?小山内さん、マレーシアに行くの?」
いきなり背後から聞こえてきた男の声に、凛とエリナは振り向いた。
先ほどまで背後のテーブル席で騒いでいた社員の一人が立っている。
経理部の有田(リア充)だ。
そして、その背後に有田に腕を掴まれて居心地悪そうに立っているのは、糀谷だ。
「はは、あの、ただの願望なんで…」
どぎまぎして答えると、有田はにっこり笑った。
「突然で悪いんだけどさ、実はさ、こいつの相談に乗ってやって欲しいんだよ。小山内さん、社員の恋愛事情に詳しいんだろ?是非とも」
しかし、糀谷は明らかに嫌がっている。
断ろうと口を開いたところをエリナが遮った。
「相談にのってあげなよ!有田さん、私はそっちに参加して良い?」
エリナはグラスを持って席を立つと、凛に意味深な笑顔を向けて有田と去ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!