逃げ出した箱庭の鶏は強引で優しい伴侶に囲われる

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「本当に、可愛くない女」 浴びせられた水と風の冷たさで僅かに身体を震わせながら、小さく溜め息を吐き出した。そんな忌々しいものを見る目つきで睨まれても困る。俺は皇妃として既に懐妊している貴女の地位を脅かせる存在ではないのだから。 そもそも女ではない。と言ったところで、この国には誰一人としてそれを信じてくれる人はいないのだが。 俺が帝国に嫁入り(・・・)したのは今から一年ほど前の話だ。母国は攻め入られれば簡単に傾く小国で、今に至るまで地図に国名が載っているのは隣国の加護によるものに過ぎない。隣国であるリマン帝国はかつて我が国と調停を結び、うちの特産品であり唯一無二の特殊な鉱石の独占輸入を条件に国を護ることとした。 植民地にならなかったのは、その『鉱石』は小国ながら君主制によって血筋を絶やさなかった我が国の王族のみが扱える代物だからだ。 見かけはただの黒い石っころでも、王族の手によってそれは黄金に変わる。 まるで御伽噺のような話だが、純然たる事実である。それも国家級の機密情報であり、この事実を知るのは当人たる王族と帝国のかなり上層部のほんの一握りに限られている。 小国を吸収せず護ることの条件に、帝国には一人の王族が輿入れさせられるのだ。それが俺がここにいる理由だった。言わば金の卵を生む鶏である。 鶏に性別は関係ない。しかし表向きには守護を得る代わりに忠誠を誓う意味として王女が輿入れすることになっているから、女でなくてはならない。だが、俺の国では先ほどの理由から国を継ぐのは女王と決まっている。俺の兄弟に姫はただ一人しか生まれなかった。 苦肉の策として、俺は女としてこの国に嫁ぐことになったのだ。 「いつか絶対バレると思ったのに……まさか疑われもしないなんて……」 侍女の立ち入りを固く禁じている──わざわざ禁じずとも好んで俺の世話をする侍女もいないが──部屋で濡れた服を脱ぐ。姿見に映る己の姿は貧相な身体つきをした男そのものだ。 ほっそりとした柳のように伸びる手足に同じく細長いうなじは、この国における美の基準に当てはまる。後ろ姿だけ見れば女に見えなくもない。控えめな喉仏をゴツめの首飾りで覆ってしまえば性別がどちらかわからなくなるのは頷けた。 だが、それは一目見たときの印象に過ぎない。日を追うごとに見た目の違和感は出てくるはずだ。だって俺は男なのだから。 「もしかして身長が足りないのかな。いや、皇妃は俺よりずっと背が低いのに……ううん、踵の高い靴は痛いし、咄嗟に転ばされたとき避けられないんだよなぁ」 これが成長期の頃であれば、まだ大丈夫でもいつかバレると怯える日々が待っていただろう。だが、俺は嫁いだ時点で19歳、今年で二十歳になる。もう身体的な成長は望めない。 他の姫からの嫌がらせで風呂場から胸の詰め物が盗まれたときは流石に覚悟を決めたものだが、まさか「一目見たときから貴方の嘘は見抜いていたわ。やっぱり、可哀想なくらい胸元が貧しい女だこと!」で片付けられるとは思わなかった。女にしては低めの声も「褥で皇帝への愛を叫び過ぎて声を枯らしてしまったのね。はしたなさの象徴だわ」と嫌味の一つで済まされるし、最近では開き直った薄化粧も「そうまでして若さと美貌を見せつけたいのかしら、本当に嫌味な女ね!」とやっかみを買う原因にしかならない。双子の姉とそっくりだからわかりづらいかもしれないが、ちゃんと男の顔なのに。 帝国が帝国たる所以だが、似た境遇で人質として嫁いだ他国の姫は他にもいる。そうした事情から、皇帝には先ほど俺に冷水を浴びせた皇妃の他に愛人にあたる貴妃が二人、二番手三番手の更に下の姫が四人いる。 俺は姫と呼ばれる中で一番地位の低い新顔だ。どうやら皇妃から姫までの7人は必ず皇帝が持たなければならない義務らしく、その下に愛人はいない。好色な皇帝ならばここから下に更に嬪が四人、貴人が恋の数だけ存在するはずだった。 皇帝は、本当は皇妃すら男児を孕めば用済みなどと言い放つ冷血漢であった。しかし権力の象徴やら政治的な絡みで囲った愛人らを解放することもできないらしいのだ。 ところで、俺が他の姫から嫌がらせを受けるのにはちゃんと理由がある。俺が一番低い地位であるにもかかわらず、その冷血漢が俺の部屋には毎夜熱心に顔を見せるからである。 ── 熱い手のひらが肌の上を滑った。既に硬くなった性器の先端が埋め込まれた腹の上を踊るように撫でさすり、その熱を馴染ませるために揉む。 下腹部からの絶頂を何度も経験したこの身体はそれだけで反応してしまう。ぞくぞくと迫り上がる快感に似た衝撃を逃そうと無意識に腰をくねらせた。だが、男の手はそれを咎めるために薄い臀部を叩く。思わず顔を下げると挿れやすいように突き上げた腰の下で自分の性器が揺れるのが見えた。 「うぁあ、ひぅ……ッ、や、やめ……っ」 痛いはずなのに、バチン!と立てた音は痛みよりも快感が強く、それが一層恐怖を煽る。俺の身体はこの一年ですっかり作り替えられてしまった。 「何がやめてほしいんだ? 締まりがよくなったぞ」 ゴツゴツと音を立てそうなほどの凶暴な動きに身が竦み、肌が粟立つ。無意識に腰を引くとそれを追いかけるように彼の腰が動いた。浅く挿入されていた屹立が深いところまで追いかけてくる。 「あ゛ッ……」 「おい、逃げるな」 「〜〜〜〜ッ!!」 チカチカと視界が白ばむ。無意識に浅くなった呼吸を意識させるためか男の指が口腔へと侵入したが、それに反応するほどの余裕は俺にはなかった。 背後から俺に覆い被さる男は逞しい体格に見合った男性器を持っていて、それが既に穴の縁をギリギリいっぱいまで広げて押し込むように挿入っている。それもまだ3分の1くらいが埋まり切らずに残されていると知ったときは、泣いて許しを懇願したものだ。 「あ、あぁ゛っ、痛、いだい゛ぃ……ッ!」 「痛いだけか? その割には女のように善がるのだな」 ずちゅずちゅと水気を帯びた音の合間に混じる石と石がぶつかり合う音。時折ゴツンと腹の中で音がするのは、後孔に埋め込まれているのは男の性器だけではないからだ。 いま俺の腹の中には、黄金に生まれ変わる石っころが入っている。 「ほら、そろそろいいぞ。どうした、泣いたまま懇願してみろ。そのほうが早く済むかもしれないからな」 「う、ゔぅ……な、かに……どうかご慈悲をください、皇帝陛下……!」 顔の見えない背後で男の小さく笑う声がした。次いで激しかった律動は動きのゆっくりとした、けれど大胆な動きのものに変わる。抽挿を繰り返していた性器が俺の中にほんの少し長く留まったあと、熱いものが腹の中にぶち撒けられた。 「ひ……あひ゛……ッ」 ぶるぶると皇帝の御前に突き上げた腰が震える。ぬめりと湿り気を帯びた音を立てて性器が引き抜かれ、空いた穴の縁から白い体液が流れ出た。 「まだ早い。もっと締めろ」 「ひぐ……ッ、は、はい……っ」 ぎゅっと赤くなった尻臀を寄せて閉じようとするが、なかなか広がった穴が閉じ切らない。見えなくてもくぱくぱと強請るように動くのが自分でもわかって、止まるはずだった涙が再び流れた。先ほどまでのそれは度の超えた快感にもたらされたもので、今度は羞恥によるものだ。 「ふ、そのままもう少し待て。いいと言ったら俺の前で出してみろ」 俺に拒否の言葉は残されていない。求められる返事はただ従順な声色で発する「はい」だけだ。 見かけはただの黒い石っころでも、王族の手によってそれは黄金に変わる。 まるで御伽噺のような話だ。これがファンタジーなら小人が一晩寝ているうちに黄金へと変えてくれただろうし、魔法使いの一振りで黄金へと変わったことだろう。だが、実際はファンタジーでは済まされない。ちゃんと作り方があって、その手順を踏まなければ石はただの石のままだった。 清めて王族()の身体の中に入れて一晩。更に中から取り出さず飼い主(・・・)の体液を浴びせ掛ける。そうして黄金は完成する。 「まるで色奴隷だな。あんなつまらぬ小さな土地を護るために存在する王族の存在意義がこれでは、呪いとしか言いようがない」 「……ッ」 俺を侮辱する言葉に全くその意図はなく、この人は本心からそれを口にしている。わざと怒らせようとか、悲しませようとか、そんな意図は一切存在しない。そんなことをする必要がないから。 俺はこの人に逆らえない。歯向かうこともなければ逃げ出すこともない。 皇帝は俺の『飼い主』であり、俺は彼の『鶏』なのだから。 金の卵を生む鶏はただの人間では駄目だった。王族でなければならない。それはかつて国を護るため禁術に手を出した末路だと聞いたことがあるし、彼の言う通り呪いだとも聞かされた。 大事なことは王族の血筋であること。誰かの所有物となった王族は鶏になる権利を得て、その所有者の体液が生まれる卵を黄金に変えるのだ。 「──……そろそろいいか。出してみろ」 「っ、は、い……」 皇帝に言われるがまま、下半身に留めていた力を緩めて腹に力を込める。この一年何度も経験したそれは未だ慣れることなく、羞恥心と背徳感で呻きそうになるのをなんとか堪えた。 「ん、んん、んぅッ……」 大丈夫だ、今日もちゃんと綺麗に洗ってきたし、昨晩石を入れて以降は水しか口にしていない。出てくるものは埋め込んだ石しかない。そう頭ではわかっているものの、散々男根を出し入れされたそこから漏れるように出てくる異物の感覚は慣れない。こんなこと、慣れるほうが不味いけど。 メリメリと音がしそうなほど肉の縁が広がって、丸みを帯びた黄金色のそれが頭を出す。挿入しやすいよう球状に磨き上げられたそれは、一番太い直径部分が通り抜けると滑るようにぽこん、と排泄された。大きさは中ぐらい。まだ一番大きいのともう少し小ぶりなのが腹の中に残っている。 荒い呼吸を整えながらもう一度力む間に、皇帝がシーツの上に転がったその玉を拾い上げた。 「……ふん、今回も質が悪いな。初めてお前が作ったものはもっと重かった」 「も、しわけ、ござい……ま、せ……」 「奥に、一番大きいのがあったな。早く出せ」 「ひ゛ッ痛い、痛いッ!」 ぐりゅ、と腹の上を押さえつけられる。苦しさと痛みで腹が引き攣るのを感じた。屈辱の涙が今度は痛みによるものに変わる。きっと明日の朝は喉が枯れているに違いない。 「痛いか。そうだな、流石に痛いのが好きなお前のそれも萎えたままだ」 「ぎっ……ああ゛ッ、や゛……ッ!」 「この下か? ほら、早く出さないと苦しいぞ」 「あ゛、あぁーー! やだ、嫌だぁ゛ーー!」 ボコっと盛り上がった肉の上を押さえつけられ、痛みのあまり泣き叫んだ。皇帝は少々嗜虐趣味が強すぎていけない。そんなだから、姫たちは皇帝が俺のところに通うのを嫌がるわりに寝取ってやろうなんて人が現れないのだ。 先月似たことをされた結果一月はまぐわいが禁止されたことを思い出したのか、皇帝はくつくつと笑いながら俺を甚振る手を止める。優しげな手のひらが薄い腹の上と骨張った胸の中心を辿り、喉仏を伝って頬へと滑った。人差し指と中指の背で撫でられる。 「俺の為に、できるだろう?」 「っ、……は、はい……」 悔しいが、俺はこの人のこういうところに弱いのだ。皇帝も、きっと優しくされるとつけ上がってしまう俺の性格を見抜いて普段は厳しく接しているに違いない。 「呼吸を整えろ。俺が胸を叩くリズムに合わせて深呼吸するんだ。……そう、いい子だ」 「はっ、はっ、……は、ぁー……」 リズムに合わせて呼吸を整え、深い呼吸に合わせて一定の間隔で腹に力を入れる。 みちみちと肉が広がり、肉色のそこを割り開いて黄金色が顔を出す。昨晩仕込んだ中で一番大きいそれは入れる際も一苦労だったが、出すときは石自体がほんの少し体積を増やすので入れるときの比ではない。 「ひ、あ゛、お、お゛……ッ」 開きっぱなしの口から涎が垂れる。それを拭う余裕なくてなくて、代わりに近づいて来た皇帝の唇が獣のように突き出した俺の舌を吸った。 「あと少しだ。ほら、頑張れ、頑張れ」 今度は甘やかすように腹の上を撫でられる。先ほどの甚振る手つきとは違い労わるそれは俺を勇気付けるのには十分で、力んだ拍子に楕円形になった球の一番太いところが縁を通り抜けるのがわかった。 「出したか……苦しそうなわけだな、今回は随分欲張った大きさにしたものだ」 「あの……その、皇帝陛下の……為ですので……」 俺の言葉は無意識に彼を喜ばせる言葉を選んでしまう。俺が彼の所有物になるという誓約が成立したときから徐々に、そうなるように作り替えられてしまった。 俺の本心からのそれを皇帝はリップサービスとしか受け取らないのか、言葉を無視してたった今排出されたばかりの玉に夢中だ。手に取ってその重さを確かめている。しばし手中でもてあそび、鼻先で笑う。 「見掛け倒しの軽さだな」 自分の表情が固まるのを感じた。 「も、申し訳ございません」 「……もういい。部屋に戻る。暫く石も仕込む必要はない」 「そ、れは」 「言わせたいのか? ここには来ないということだ」 やはりそういうことか。目の前が真っ暗になりながら、俺は従順な返事をするより他になかった。 翌朝俺の部屋に届けられたのは、至って平凡な市井の女性が着る服だった。それも既婚者の証を示す首飾りから靴まで一式が揃っている。 「聞いたわリュアン、あなた皇帝陛下に捨てられたのですってね!」 嬉々とした皇妃の言葉に身が竦むのがわかった。あまりにも早い情報の回り方から、きっと諜報を任された彼女の侍女が聞き耳を立てていたであろうことは予想がつく。俺も小国ながら王族の出だから、ここにはプライバシーなんて有って無いものだと理解しているけれど。 「皇妃陛下、あまり大声を出されてはお腹の子に障りがあるのではありませんか?」 「あら、関係ないわよ。こんなもの、中にあるのは布だもの」 「え」 この人、今なんて? 思わず瞠目して腹を見つめるが、その膨らみは月毎に増して不自然なところなど一つもない。健全な妊婦の腹だ。 「信じても信じなくてもどちらでもいいわよ。だってもうあなたが何を言ったところで、皇帝陛下のお耳には届かないんですもの」 「え、え?」 急展開についていくことができない。そもそも、ベッドで昼過ぎまで寝こけていたところを叩き起こされたのだ。俺が自ら声を掛けなければ侍女はここに近寄ることもないから、起きたらご飯を用意してもらおうと日に当たりながらぼんやりしていたところだった。 そこにこれ。急に服を投げつけられても困る。 「あなたの居場所は無いの。わかるでしょう? 私は優しいから、異国の服しか持っていないリュアンに服を用意してあげたわ。今の服はそのまま着て出たらいい、路銭くらいにはなるでしょう。ほら、それを持ってさっさと出て行ってちょうだい」 「へ、ええ?」 「何をしているの。皇帝の怒りを買ったのよ。……おい! 誰かその者を捕えよ! 処刑される前にさっさと出てお行き!」 追い出されてしまった。 「いや……いや、嘘でしょ……?」 俺は生まれた頃からぼんやりした子供だと言われて来たが、まさかここまで流され気質なことに自分でも驚きだ。 もう少し頭が働いていればマシな判断がついたかもしれないが、頭も身体も動きが鈍かった。なにせ一昨日の晩から水しか口にしていない。昨晩のうちにすぐにでも何かを口にしたかったが、酷使された内臓と彼女の言う通り皇帝に捨てられたのだという精神的ショックからそのまま寝入ってしまったのだ。 とぼとぼと城から城下町へと続く道を歩きながら考える。もう一度戻ってみようかと何度か足を止めたが、戻ったところでどうなるのだろう。 「今戻ったら、本当に皇帝に殺されてしまうかもしれない」 彼女の言った通りだ。俺は皇帝を失望させた。失望は怒りに繋がる。彼は無能が嫌いだから。 死ぬのだろうか。どちみち所有者に捨てられたところで自由にはなれない。黄金を生む鶏とはそういうものだからだ。 それに、俺の心は皇帝に捧げてしまった。初めて優しくされたあのときから、俺の心は貴方のものなのに。
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