生い立ち

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生い立ち

「に〜ちゃん、に〜ちゃん」 思い出の中には、いつも俺の背中を追いかけていた小さな薄茶色の瞳と髪の毛をした可愛い弟の姿があった。 フワフワで柔らかな猫毛の髪の毛は、いつも光に当たると金色に輝いていた。 まだ幼かった俺は、2つ歳下の弟が俺に着いて歩くのが鬱陶しかった。 好きな野球もサッカーも、弟が俺に着いて歩くから入れてもらえない。 だからあの日、俺は遂に弟を家に置いて遊びに出てしまったのだ。 今思えば、一緒に遊んで上げれば良かった。 もっとあいつの話しを聞いて上げれば良かった。 そう……。 あの日は、まだ残暑が厳しい夏の午後3時。 隣町の奴等と、草野球の試合をする予定だった。 「弟は連れて来るなよ!」 草野球チームの仲間に言われていて、俺は啓太が昼寝している隙を見計らって試合に出掛けた。 目が覚めた啓太が追い掛けて来ないように、啓太の靴は下駄箱に閉まっておいた。 (もちろん、下駄箱には靴が一足も無い状態にした) 母さんに草野球チームの試合に行くと言い残し、俺は準備万端と家を飛び出した。 しかし、弟の啓太は昼寝から目覚めて俺がいないのに気付き、おそらく母さんが磨いて置きっ放しにしたのであろう親父の靴を履いて、俺を探しに家から出てしまったのだ。 その時、母さんは友達からの電話で啓太が家を出たのには気付かなかったらしい。 親父のブカブカの皮靴を履いて、公園で遊ぶ俺を見付けた啓太は 「にぃに! にぃに!」 と泣きながら俺を呼び、歩きづらいであろうブカブカの親父の皮靴を履いきなが俺に小さな両手を伸ばして車道に飛び出した。 「来るな! 啓太!」 大きなダンプトラックのブレーキ音とクラクションが、俺の叫びをかき消した。  まだ4歳だった弟は、俺の目の前で交通事故によりこの世を去ってしまった。 母親は悲しみのあまり精神を患い、俺を虐待するようになった。 そんな俺達を見兼ねた親父は、母親の虐待を理由に離婚。 しかし親父も俺を見ると啓太を思い出すらしく、両親は誰も俺を引き取りたがらなかった。 そう。 俺は6歳で、両親に捨てられたのだ。 児童施設に入れられる予定だった俺を不憫に思い、父方の祖父母が引き取ってくれて現在に至る。 俺、宮本海。年齢は28歳。 祖父母は俺が二十歳の時に他界して、今や天涯孤独の身となった。 でも、不思議と寂しくなんかなかった。 むしろ、俺の秘密を知らずに祖父母があの世に行ってくれて、内心ホッとしていた。 両親から捨てられた俺を祖父母は本当に可愛がってくれたから、何も知らずにこの世を去って来れた事は、俺にとっては幸運だと思えたのだ。  他に親族はいないのか?と言われれば、再婚した両親の新しい家族がいるのだろうが、20歳という事もあり、俺は独りで生きて行く決断をした。 まぁ……ぶっちゃけ、万が一にも他に頼れる親族が居たとして、結婚がどうとか世間体がどうとかうるさいだけだと思ったので、祖父母の葬儀も父親が喪主の葬儀には参列しなかった。 病院で息を引き取ったのを看取ったのは俺だし、二人の介護も全て俺がやった。 だから葬儀に参列出来なくても、悲しいとは思わなかった。 そんな俺に、親父は弁護士を通じて祖父母の残した家屋のみを俺に遺産として分け与え、保険金やら祖父母の貯金等の金目の類は全て親父が持って行ってしまった。 それでも俺は構わなかった。 祖父母の残してくれた家があれば、俺には他に何も要らなかったから……。  そして現在、俺は爺ちゃんと婆ちゃんが残した小さな庭のある古い平家の一軒家で気楽な一人暮らしをしている。 職業は、白い猫のマークの運送会社で働いていて、収入はまぁ……そこそこってところかな? 家族がいる訳にもでも無い、男やもめが1人暮らしていくには充分な収入だ。  俺の日課は、毎朝、爺ちゃんと婆ちゃん。 そして啓太の写真が飾られた仏壇に手を合わせ、仕事に行って、夕方帰宅して飯を食って寝る。 そんな毎日を送っていた。 彼女はいないのかって? 残念ながら、俺は女が苦手でね。 母親が啓太を亡くしてから、俺が啓太を殺したと虐待するようになった。 何かと言うと、平手で俺の顔や頭を叩き、酷い時は竹箒で俺の身体を殴り続けた。 あまりの虐待っぷりに、何度か警察や児童相談所の職員が来た程だ。  それがきっかけなのかはわからないけど、俺は女性という生き物が苦手だ。 何度か告白されたりはしたが、 その相手を好きになる事は一度も無かった。 むしろ自分の思いが届かないからと逆恨みした女に、根も葉もない噂を立てられたりして、俺の女嫌いに拍車をかけてしまったのだ。  婆ちゃんはそんな俺を可愛がってはくれたけど、婆ちゃん以外の女性に対しての嫌悪感は拭えず、俺の女嫌いは克服出来ぬまま月日は経過して行った。 そして高校に入学して直ぐに出来た親友に恋をしてしまい、自分の恋愛対象が男なんだと気付いた。 かと言って、その親友相手に口説く訳にもいかないし、何よりも祖父母との生活は貧しくて、その日を生活するのがやっとな俺には恋愛にうつつを抜かす時間なんて無かった。 高校を新聞奨学生で卒業し、卒業後はバイト三昧で運転免許を取って今の職場に就職。 その親友とも、月日と共に疎遠になった。 元々、人付き合いが苦手な俺は、新たな交友関係を築く事無く、ガムシャラに働いて気が着いたら年齢は30歳目前になっていた。 まぁ……人生なんて、そんなもんだろう。 俺はこのまま一生独りで生きて行くんだと、本当にそう思っていたのだ。  そう。 あの日、運命の出会いをするまでは……。
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