遺言

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「後期入試も結果発表も変わらず行います。公立を受験した人は結果発表の日に登校します。前回同様、合格なら午前、不合格なら午後。時間通りに登校してください。次、全員揃うのは卒業式です。練習なんてなくても、きっと皆なら素晴らしい卒業式になるはずです。期待してます」 先生のその言葉で帰りの会は幕を閉じた。 帰りの会が早く終わるのは、我がクラスではもう当たり前となっていた。 『早く帰りたい君たち、早く帰したい私。利害の一致。早く帰りたければ、説教されることをしなければいいの』 というのが、先生の持論。 女性の、若い先生では考えられないような大雑把な考えである。 まぁ、そんな先生だからこそ、学年の煩いどころが集まったこのクラスの男子が言うことを聞いているところもあるのだろうが。 最終日なのだから、もう少し余韻に浸って先生の話を聞いていたいところもあったりする。 その証拠に、いつもならチャイムと同時にサッといなくなるクラスメイト達が名残惜しそうに教室に留まっていた。 先生もそれをわかっているからか、無理に追い出そうとはせず、珍しく椅子に座って教卓に肘をつき教室の様子を眺めている。 「じゃーね!先生、さよーーーなら!」 「はい、さようなら。また卒業式に」 「そんな寂しいこと言わないで〜〜〜!」 「仕方ないでしょ。今生の別れじゃあるまいし。ほら、また卒業式に元気な姿でおいで」 耳に入るいつもと違う挨拶に、急に現実味を帯びる休校という事実。 「さよーならー」 いつもは挨拶をしない男子が、珍しくそう言って教室を出た。 「髪型、変なんにしてきちゃダメだよー」 驚きもせずに咄嗟にそう返した先生は、手をヒラヒラさせて笑っていた。 「えっ、それフリ!?」 「んなわけないでしょーが」 こういうノリの良さも若くて体育会系な先生ならではなのかもしれない。 「入試、不安?」 前の席でゆっくりと準備をしていた私に、先生が声をかけてきた。 いつの間にか教室には自分だけ。 先生は電気を消そうと荷物を持って立ち上がっていた。 本日の閉店の合図。 「いや……。また明日、が当たり前じゃなくなっちゃったんだな、って……」 「そうだね。今までの当たり前が、もう当たり前じゃなくなるかもしれない。でも、そうやってまた、新しいことを始めていけばいいんじゃないかな」 見上げた先生は寂しそうに、だけど、しっかりと未来を見据えているようだった。
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