遺言

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私もその中の1人である。 入試はまだ終わっていなかった。 迷いに迷って受けた前期の試験に失敗し、後期の試験を控えていた。 何度も何度も話し合いをしてくれたのは、担任の先生。 1年のときからお世話になっている、まだ30にも届いていない、若い先生だった。 『まだ君たちの倍でしかないんだから!』 1年生の時にそう言って笑った先生は、スポーツ万能でキビキビとした、部活では私たちの代を初めて関東大会まで連れて行った厳しくて怖い、女の先生。 担当教科は、体育……、だと誰もが一度は思ったことがあるだろうが、実は数字オタクな数学の先生。 小さいことでも、ダメ、と大きな声で言うし、説教も理論的で長い。 けど、言ってることは正しいし、いつだって私たちのことを考えての結果なため、ぐうの音も出ない。 彼女に自ら近寄る生徒はいないし、むしろ恐れてはいるが、密かに慕っている生徒は多くいたりする。 「ニュースの通り、明日から臨時休校に入ります。みんなと最後の時間を過ごせないのは残念ですが、仕方ないことです。まずは、自分達がやるべきことをしっかりとやりましょう。では今日の連絡です」 朝、教室に入ると女子たちが集まって目に涙を浮かべていた。 そんな女子を物ともせず、先生はそれだけ休校について触れると、いつもの調子で連絡を始めた。 「先生は寂しいとかないのかな?」 「先生、ふつー」 最後の集会、卒業式練習へと向かう途中、同級生がそんなことを言う。 先頭で引率をする先生は、相変わらず無駄話をする生徒たちに喝を飛ばしていた。 『最後なんだから、少しくらい』 を許す人ではない。 『最後なんだから、シャキッとしなさい』 そう言った先生の目が、いつもより少しだけ赤かったのに気づいたのは、きっと一番前に並んでいた私だけ。 集会には、校長先生が来ていた。 今の状況で歌はタブー。 感染のリスクを考慮して、式からも合唱を省くらしい。 そんな中、校長先生は最後に私たちの歌を聴きたいと言って目元をハンカチで拭った。 歌は私たちの自慢。 送る会でお礼に歌うと練習していた歌。 式で歌う予定だった歌。 全校合唱で歌い続けてきた歌。 次々と歌い慣れた歌を歌う。 横では先生達が動画を撮っていた。 私たちの担任も、例に漏れず撮影中。 締めは校歌。 先生がひっきりなしに鼻を啜っている。 それにつられるように、私も泣きながら最後の校歌を歌った。
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