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「あぁ、間違いなく首席だ・・・」
届いたふくろう便を確認して、父様は呟かれた。
「確か。婚姻してからなら、働いてもいいと仰ったわよね?」
私が思い出してそう言ったので。
反対だと言えなくなってしまった父様は。
「とうとう5年間の首席を勝ち取ったんだね。・・・おめでとう」と。
祝う感情からの言葉とは思えない暗さで、仰った。
ラナンは「これで、一緒に働ける」と喜んでくれて。
母様は複雑な顔をされていた。
年に2回、試験結果の頃に届く叔母さま達からの手紙は。
はじめて私への文句じゃなかったそうで。
5年間の首席に鼻が高いわ。おめでとう。といった内容だったと教えてもらった。
「最近のうわさを聞いて、縁をつないでおこうと考え直したんでしょうけど。わたくしはお付き合いする気はまったくありません」(すっかり手のひらを返して。本当に厚顔無恥な方々)
かなり怒っている母様は、そう言うと。手紙をぽいと燃してしまわれた。
・
年度修了式の翌日から、在校生は長期休暇に入るけど。
卒業パーティと卒業式が行われるまでの10日近く。最終学年だけは、学校へ通うことが許されている。
もちろん通わなくても問題はないけど。
私は、毎日通ってきていた。クラスの方と会えるのは、あと少しだもの。
いろんなお話を聞きたかった。
・・・以前ならありえない考え。自分でも不思議だわ。
授業はもう行われなくて、ほとんど自習時間のようなもの。
図書室や魔法訓練の部屋などを活用される方もいらっしゃる。
防犯の問題で、学生以外は入れない。つまり卒業すると使えないから。
教授や講師の先生方は、将来の相談に乗ってくださることになっていて。職に就きたい学生は希望を出して、学校側がそれを調整してくれる。
とはいえ。これだけの短い期間で、すべての学生の職を決める訳ではなくて。
実はすでに内定している方のほうが多い。
家系によっては、入学前から進路が決まっている事すらあるんだもの。
例えば、トナート侯爵家。一族の方は、たいてい衛士や騎士の職に就かれている。学生のころから、団の練習に参加されている方ばかり。
それから、カントナ公爵家の方は王宮官吏が多いわ。ここ数代の当主は続けて宰相の座に就かれてる。嫡男のクレマチス様は、いきなり宰相補佐をされる可能性もあるわね。同じクラスになったことがあるけど、優秀な方だったもの。将来、プラタナス様と宰相の座を競われるかもしれないわ。
ご令嬢方はほとんど結婚に向けての準備に入られるけど。花嫁修業として、王宮侍女の職に就くという方もいらっしゃる。
この学校には通われていないけど、確かガバル子爵家では必ず侍女の職に2年以上就かせてから婚姻させる、って家訓があったはずだわ。
学校自慢の庭園だって、許可を取らないと入れなくなる。
何度も皆さんと一緒に見に行った。
領地に戻られる方を中心に。王都での買い物や食事へも出かけたわ。
ネモフィラ様も参加してくださって。カフェへ女性達だけで行ったりもした。
毎年、この期間は。最後の交流の場として、学生が楽しめるようにしてくださっているのかもしれない。
・・・ラナンと知り合わなければ、ネモフィラ様とも、プラタナス様とも。クラスのご令嬢方とも。お話しすることすらなかったんだわ。
そう思うだけで寂しくなるほどだもの。
あのままの私で居なくて。・・・本当に良かったわ。
そうして。
卒業パーティは明日。卒業式は明後日と迫った学校開放の最後の日。
教室には、ゆったりとした時間が流れてる。のんびりとおしゃべりされている方ばかり。
「ルクリア様は、どうなさるか決めたの?」
ネモフィラ様も。毎日学校へ来ていらしてて。
「卒業式まで、お返事を待ってもらえるそうなので・・・」
「まだ悩まれているのね。ラナン様がいいと言っているのだもの。働いてみたらいいのに」
プラタナス様は2日置きにいらっしゃってる。
「・・・まだまだ、古い考えの方は多いよ。簡単に勧めるのはどうかなぁ。
夫人となった者が働くのは珍しいもの。
ルクリア嬢が嫌な目に合われるかもしれないよ?」
首席を通したので、魔法部へ勤めることは認められて。父様たちも勤める気だと思っていらっしゃる。
でも。実はまだ、正式なお返事はしていなかった。
「どうして悩むの?一緒の職場なら、1日中そばに居られるのに」
・・・ラナンはにこにことしている。ずっと勧めてくれる。
働きたい気持ちはあるわ。でもやはり。夫人を働かせる男、という侮蔑を彼が受けるのは嫌。
それに。外に出れば、菫母様を知っている人と会う確率も上がる。
どうしても、踏ん切りはつかなくて・・・。
黙ってしまった私をかばうように、ネモフィラ様が。
「1日中一緒!・・・わたくしなら嫌ですわ!」
わざとらしく身震いをされる。ふふ。
「そうなんですの!それが嫌なんです!」と私たちはただ笑って。
優しいネモフィラ様のおかげで、最後の日まで。
・・・楽しく過ごさせていただいた。
・ ・
『おかえりぃぃ』
私へすりすりとしてくれたブロウは。すぐにラナンに飛び掛かる。
すごくびっくりなんだけど、ブロウはすっかりラナンに懐いてしまった。
ブロウは遊ぶことが大好きで。ラナンたら、ブロウが飽きるまで付き合うんだもの。それに、おもちゃをたくさん買ってくるし。
ラナンの居間は、おもちゃで溢れてて。
寮を引き払ったら、猫を連れてくるって話はもう屋敷中が知っている。
「早く連れてこい!と侍女たちみんな、楽しみにしてるみたいだよ」
ラナンはまた新しいおもちゃでブロウと遊びだす。
困った人たち。・・・でも。
ジャンプ。ジャンプ。キック!おしりをふりふりっとして走りこんでくるブロウ!ふふ。
見てるだけで楽しいわ。
ブロウが遊び疲れて眠ってしまうと。
すぐに『寂しかった?』って私を膝に乗せるのはやめてほしいわ!
ちゅ、と額に口付けたラナンは。
「俺の不安解消のために。これにサインをくれないか」
いきなりそう言って、羊皮紙を取り出した。
魔法契約の書類みたい。
中身を見ないで署名しろと彼はいう。
「莫迦な事言わないで!そんなことできるわけないでしょう?」
契約は大切なもの。きちんと読んでから。当たり前のことなのに。
『ルクリアに不利なものじゃないよ』
にこにことした顔を覗き込む。・・・うん。眼も笑ってるわ。
『他の女性と話せない、とかじゃないわよね?仕事をするなら、きっと困ってしまうわよ?』
前に話したことを本当に契約する気なのかしらとちょっと疑う。
ラナンたら、くすくすと笑い始めた。
でも、やっぱり内容は教えてくれないで。
「ね?お願い」って、私を抱きしめて言う。
ちゅって音を立てて、また額に口付けるから。
これはたぶん。毎日口付けすること。そんな内容じゃないかしら?
「ね?たいした契約じゃないから。ね?」『お願いお願い』って・・・。
どうして私はこれに弱いんだろう。
「結婚したら、内容を教えるから。ね?」『お願いだよ』ちゅ。
ええ。馬鹿だと言ってもらって構わないわ!
だって結局。
内容を見せてもらえないまま、私はそこにサインしてしまったもの。
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