《173》

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 忠は今にも泣き出しそうな顔になっていた。忠勝は体から力を抜き、丘の下に眼をやった。隊形を乱した島津軍が立花軍に追い散らされている。見える位置にいる島津軍がまばらになったところで立花軍は纏まり、立花山城に戻り始めた。  ふいに、一騎が離脱した。もの凄い勢いで忠勝の対面の丘に駆け登る。輪貫月脇立兜、立花宗茂だった。その顔を見て忠勝は、はっとした。 「お前だったのか」 忠勝は言った。対面の丘にいるのは昨年、大坂湾で出会った見事な太刀遣いの男だった。 「あの時は名乗るのを忘れていた」 宗茂が言った。 「立花宗茂と申す」 「本多忠勝だ」  名乗り合うや、忠勝は馬腹を蹴った。宗茂も蹴るのが僅かにだが見えた。逆落とし。馬脚に勢いがつく。忠が背後で何かを叫んでいる。叢に達したのは忠勝、宗茂、同時だった。鉄がぶつかり合う甲高い音が響く。忠勝の全身、燃えるような熱が生じた。馳せ違った。腕が軽い。蜻蛉切が地に落ちていた。忠勝の両手から感覚が消えている。  忠勝は振り返った。立花山城に向かって駆ける立花宗茂の背中がそこにはあった。 「兄貴殿」 叫びながら、忠が丘を駆け降りてくる。 「蜻蛉切を拾ってくれないか」 忠勝は宗茂の背中を見ながら、言った。 「手が痺れて拾えないんだ」  忠が下馬し、蜻蛉切を拾った。忠勝は蜻蛉切を右脇に挟んだ。駆け去る宗茂が柄の白い大槍を掲げて忠勝に横顔を向けた。応えようとしたが、忠勝は蜻蛉切を上げる事ができなかった。
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