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通りにはまだ多く雪が残っていた。真田信繁は急ぐことなく、雪路を慎重に進んだ。体が震える。尻が濡れていて、冷たいのだ。さっき転んだばかりだった。
直垂の上に簑衣を羽織っているが風は身を切るように冷たかった。雪路に慣れていないわけではない。それでも転んだのは、雪の質がどこか信濃とは違うからだ。海に近いせいか、越後の雪は湿り気が多い。山深い信濃の雪はもっと渇いているのだ。
背中に括り付けた十字槍もよくないのかもしれない。体の平衡が実にとり難い。
雪を踏んだ時、信繁はまた足を滑らせた。踏み固められた、滑らかな雪面だった。真後ろに転倒する。したたかに、尻を打った。気恥ずかしさが込み上げる。信繁は辺りを見回した。人が居ないことを確認した後、信繁は何事もなかったかのような態度で立ち上がった。
再び、歩を踏み出そうとした時、どこからか声が聞こえてきた。笑っている。声を押し殺した、含み笑いだ。左側、路の外れにある桑の木の根方、雪上に黒い影が伸びている。
「そこに居る者、出てこい」
信繁は尖った声を発した。樹幹の陰から、ひょっこり姿を見せたのは体格の良い男だった。
「いや、悪い悪い」
男が言った。男の両肩に信繁の眼が行った。そこに2羽、小鳥が乗っていたのだ。男の唇の間から覗く歯の白さに信繁は眩しさを感じた。角張った顎に生える髭は薄く、美しい顔立ちをしている。まだ若い男だ。24、5歳といったところか。
「ずっこけた後の格好のつけ方がどうにも面白くてな。ついつい笑ってしまった」
「隠れた場所で笑うなどと、無礼であろう」
「なら、見える場所で笑えば良かったのか」
言って男は左肩の小鳥のくちばしに右手の指で触れた。小鳥は黄色い羽根を広げ、小さな声で鳴いた。
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