《173》

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 島津軍が立花宗茂を追う。宗茂は忠勝が居る丘を見上げたまま、馬を駆けさせている。新たな足音が響いてきた。山を巻くようにして二つ、部隊が姿を現した。二隊は立花宗茂とすれ違い、挟み込むようにして、島津軍に襲いかかった。立花宗茂が馬首を回し、島津軍への攻撃に加わる。山麓から現れた部隊は立花の伏兵だったようだ。おそらく立花宗茂は島津の攻囲が整う前に山麓に兵を埋伏させておいたのだろう。そして、自らを囮にし、島津をあの位置に誘い込んだ。策は見事に嵌まった。挟撃を受けた島津軍は大混乱をきたしている。立花山城を囲む他の島津軍が乱戦地帯に向かい、動き始める。それを待っていたかのように、立花山城から喊声があがった。立花軍が立花山から飛び出してきて、島津軍の背後を衝いた。忠勝の眼下、叢(クサムラ)の中で島津軍が右往左往している。立花軍は決して拡がらず、小さく固まり、10倍からする島津軍を翻弄している。  忠勝は立花宗茂の動きを凝視した。触れてはならぬものに触れたかのように島津兵が次々と宗茂の回りに屍体を晒す。  忠勝は馬腹を蹴ろうとした。そこで、忠が轡を掴んでいることに気づいた。 「離せよ、忠」 「なりませんぞ、兄貴殿」 轡を掴む手の力が強くなる。 「あの男と一騎打ちをするつもりでしょう。なりません。一騎打ちではなく、あの男とは黒疾風を率いている時に戦ってください」 「俺が負けるというのか」 「はい」 忠が言った。忠勝は驚き、忠の顔を見た。忠勝が負けるなどと、これほどはっきり言い切る忠を見たのは初めてだった。 「俺はこれまで、本多忠勝に勝てる男などこの世には存在しないと信じておりましたが、その考えを今、改めます。あの輪貫月の男はとてつもなく強いです。俺の頭にはっきりと浮かぶのです。槍で貫かれる兄貴殿の姿が」 「俺はあの男を倒す為に九州に来た」 「わかっています。ですが、一騎打ちだけはやめてください」
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