第一話 家族とのひととき

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第一話 家族とのひととき

 「お疲れ様。今日はこれで撮影終りだよね」    「陽ちゃん、早く帰りたい感じだね」    智史さんに聞かれて、そりゃ、愛する奥さんと息子が家で待ってるからと返す。    「それに、智史さんだって里見さんと歩ちゃんが待ってるでしょ。早く帰ってあげてね。じゃ、翔さんと健、お疲れ様」    動画撮影を終えてライブハウスを後にして寒い気温の中、バイクにまたがり自宅マンションへ急ぐ。  最近の月夜の光の動画は人気曲のカバーが多くて新曲は一年ほど出していない。それなのにたくさんの人が自分たちの動画を視聴してコメントをくれていて本当に有り難い。    「ただいま」    「父ちゃん、健兄ちゃんは?」    家に着き、中に入ると小学校五年生になった泰叶(たいが)が出迎えながら健の姿を探す。    「居ないよ。お父さん帰ってきたのに嬉しくないのか、泰叶は」    「別にそういうわけじゃないけど。この前、健兄ちゃんがギター教えてくれるって約束してくれたから。でもまあいいや。お帰り、父ちゃん。また今度、歌教えてくれよな」    そう言って泰叶は歯を見せて笑う。    泰叶が生まれたばかりの頃は初めての子育てに目の見えない美影と泰叶の為に育児休暇で一時期活動休止して悪戦苦闘しながら育児をしていた。そんな彼も小学生になり、五年が経ち、気がつけば家の事は自分なんかよりもこなせるようになっていた。    「母ちゃん、父ちゃん帰ってきたよ」    リビングに入り、ソファーに座る美影に、ただいまと言って抱きついた。    「陽介くんお帰り」    美影がよしよしと頭を撫でてくれる。    「今日もたくさん頑張ってきたよ。カバー曲だけど、何曲か動画の撮影をしたし、雑誌の撮影もしてきた。自分たちのカメラで撮影は緊張しないのにどうしてあんなに緊張するんだろ」    「いつも頑張ってくれてありがとうね。陽介くんがカメラの前にいるところを想像すると私まで嬉しくなっちゃうな」    美影の言葉を聞いて泰叶が居る事をつい忘れて、美影がそう言ってくれるならもっと頑張ると言いながら抱きしめる腕を少し強くした。    「父ちゃん、尻尾見えてるぞ。陽犬、ご主人様に好かれてて良いな」   泰叶がからかうようにそう言ってくる。    少し前に泰叶を連れてライブハウスに行った時、健が昔、そう呼ばれた事がある事を教えてしまい、時々言われるようになった。    「泰叶、お父さんの事をそんな風に呼んだら駄目よ」    「別に良いよ。俺は気にしてないから。それに、美影の為なら犬にでもなるよ」    俺から離れて、注意をする美影にそう言って笑う。    「もう、そういう事じゃないよ。陽介くんはお父さんなんだから、ちゃんと注意する時はしなくちゃ。泰叶に甘すぎるよ」    「ごめん。そういう事だから、泰叶、もう陽犬って呼んだら駄目だよ」    仕方なく泰叶に注意をして、そろそろ夕飯作るから待っててと、台所の冷蔵庫を開けて何を作ろうかと悩む。    「父ちゃん、手伝うよ」    「ありがとう、でも、お母さんは平気?」    泰叶が台所に来て声を掛けてくれる。    「うん、母ちゃんに父ちゃんを手伝うように言われた」    「そっか、じゃあお願い」    二人で何を作るかを悩み、結局すぐに出来るパスタとスープとサラダを作る事にした。    三十分後、作り終わり、リビングのテーブルに並べていく。    「いただきます」    並べ終わった食事を食べていき、二人と色々な話をした。    「片付けてくるから。終わったら美影、お風呂に入れてあげる」    「大丈夫だよ。自分で入れるよ」    美影の目が見えなくなってから自分が早く帰ってこられる日は、彼女の入浴を手伝うのが日課になっていた。    「良いんだよ。俺が入れてあげたいんだから」    「父ちゃんがこういう日は言う事聞かないんだから入れて貰えば」    泰叶にもそう言われてしまった美影は仕方なく頭を縦に振ってくれた。    「そういう事で。早く終わらせてくる」    そう言って洗い物を済ませる。    「終わったから行くよ、美影。泰叶、宿題してないなら終わらせてから寝ないと駄目だからな」    「わかってるよ、お休み」    小学五年生になった泰叶は少し生意気になってきた気がする。そろそろ思春期の時期だろうしその為かな。 ー続くー
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