吾輩は犬である

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 西暦二千二十二年のある日。  市立図書館に来たその利用者は、夏目漱石の本が並んでいる書棚の前で立ち止まり、目的の本を探した。 えーと、『坊ちゃん』に『こころ』か……あったぞ、『吾輩は猫である』だ。  その利用者は『吾輩は猫である』を手に取って表紙を開けた。 ――吾輩は犬である。名前はまだ無い。  有名な文句で始まって……待て、犬だって? 猫のはずだが。  その利用者は慌てて表紙を見たが、そこには『吾輩は犬である』と印刷されてある。自分の見間違いだったのか。何だ、この本はパロディ本だったのか。そう思って、書棚に目を戻し、『吾輩は猫である』を探した。けれど、目的の本は見当たらない。  その利用者は貸出カウンターに行って、司書に聞いた。 「『吾輩は猫である』がないのですが。貸し出されたのですか」 「『吾輩はネコである』ですか。犬じゃなくて、ネコですか」  司書は不思議そうな顔をして聞き返す。 「ええ、猫ですが」 「漱石の本ですよね」  司書が念を押す。 「ええ、そうです」 「漱石の本であれば『吾輩は犬である』ですが」 「あっ、そうですよね。犬ですよね。私、おかしなこと言いましたね」  そうだ。夏目漱石の小説は『吾輩は犬である』だった。そもそもネコって何だっけ? その利用者は首を捻った。
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