56人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
ロゼの激白
一瞬の静寂と肌を刺すような緊張感。
どちらかが動けば、その均衡が崩れる張り詰めた空気。
壊したのは、ダニエルだった。
観念したのかもしれない。
愛する人に殺されかけた事実に、自暴自棄になったのかもしれない。
ゼフが止めるのも聞かずロゼに先を促した。
ダニエルは聞かねばならない。
ロゼに死を願われるほど、どんな残酷な過去があったのか。知らずに何をしたのか。
ロゼは微笑む。
口角だけを上げた作り笑いで。
激しく燃え盛る憎悪を込めた瞳で。
勿論教えてあげる。
母が亡くなり私が倒れたあと、ゼフと父は村に帰ろうとしていたの。王都に来た理由がなくなったから当然の結果よね。
私はそれを拒否したわ。
なぜって?
ダニエルに会いたかったのよ。
母を亡くした悲しみ、来てくれなかった悲しみ、子を宿した嬉しさと不安な気持ち、怒りたい、甘えたい、慰めて欲しい、色んな感情があったけど、一番は愛する人を純粋に求めた結果だった。
ゼフは止めたわ。
そりゃそうよね、会うどころか暴力を振るわれたんだから。
でも私は聞かなかった。
きっと私が行けば大丈夫。
遠路はるばる村から出て来た婚約者を門番だって無下にはしない、女には手荒な真似はしない、という根拠のない自信があったわ。
ゼフは逡巡してたけど、最後は私の気持ちを受け入れて一緒について来てくれたの。
最初はやっぱり取り次いでくれなかったわ。
知らないの一点張り。
でもそこへ、綺麗な女の人が出て来て言ったのよ。
ダニエルは私の男になった、未練がましく縋らずに田舎者は猿山に帰りなさい、とね。
信じなかった。
嘘つきだと叫んだわ。
だってそうでしょう?
手紙にはいつだって愛の言葉があった。
知らない女の言うことに揺らされたりしない。離れていても気持ちは一緒だと疑いもしなかった。
女は言ったわ。
可哀想に。じゃあ、現実を見せてあげるわ、と。
私とゼフは中に通され、ある部屋に案内されると椅子に手足を縛られた。
喋れないよう猿轡までされたわ。
何が起きたのか、殺されてしまうのか、恐怖でいっぱいになっていると、縛りつけたメイドに耳元で囁かれた。
前をご覧なさい。
ここは特等席だからよく見えるでしょう。
言われるがまま顔を上げれば、私は信じ難い裏切りを目にしていた。
広い寝台の上で、全裸の貴方があの女を組み敷いていたのよ。
ここまで予想していなかったダニエルは、奥歯を噛み締めて唸り出す。
嘘だっ、まさかっ、あの下劣な情交を見られていただなんて!
「愛してる。俺は貴女の虜だ。最高だ。素敵だ。止まらない。もっと激しくしていいか。こんな淫らな肉体を味合う栄誉を頂けて幸せです。……ダニエルが夢中で女に貪りつきながら洩らす睦言に、私がどれだけ絶望したか分かるかしら?」
「誤解だっ! 思ってない! 言わされてただけなんだ!」
「そうだとしても、私を抱いた時とは別人だったわ。慣れた手つきで女の身体に指を滑らせて、快感の高みに押しやっていた。互いに激しく腰を振って何回も求め合うさまは、命令されたから仕方ない、と言い切れるのかしら」
ダニエルはロゼの指摘に言葉を無くす。
何も言えない。言えるはずもない。
睦言は嘘だが欲は確かに発散させていた。
下半身の甘やかな快楽を享受していた。
「気付いたら……貴方達の交わりは終わっていて、女が気怠げな様子で貴方に愛された証を一つ一つ丁寧に指し示し、自慢された。見たことも知ったことも……女の言う通りだった」
解放されて屋敷を出されたら、ゼフが血相を変えて私を抱き上げたの。
血が、血がって、震えながらね。
もう分かるでしょう?
私は流産していたの。
ショックで痛みも何もかも感じなかったわね。
最初のコメントを投稿しよう!