12.再会

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12.再会

地道にヨルと地下ライブに出続けていたある日、朗報が入った。 ネタ見せオーディションに呼ばれた。片っ端から関係者に声を掛けていた成果だ。 しかもライブじゃない、テレビのオーディションだ。 これはいつもとは逆に、ヨルがハイエナだという珍しさから呼ばれたのかもしれない。 それならチャンスだ。最悪今回受からなかったとしても、印象にさえ残れば他で使われるかもしれない。爪痕を残すんだ。 当日。 ヨルはテレビ局に入ってから楽屋の大部屋に行くまで、目新しそうに辺りをキョロキョロとしていた。 「よせよ、ド素人丸出しじゃねえか」 「すみません、でも僕テレビ局来たの初めてで。こんなに大きな楽屋も!」 大部屋には他にもオーディションに呼ばれた若手芸人たちが大勢いる。 物珍しそうな視線や、「獣人ってだけで目立ってるつもりかよ」という敵視をひしひしと感じる。ヨルも気づいていないわけではないだろう。 「ヨル、ネタ合わせするぞ」 「はい! 美容院ですよね?」 「おう」 新ネタも既にいくつもライブで掛けていたが、ここは鉄板のネタにすることにした。 ヨルの良さが1番出せているのは、このネタだ。 「Wアッシュさーん、どうぞー」 スタッフの女性に呼ばれて、ヨルと楽屋を出た。 オーディション会場となる部屋の前に案内される。 「行くぞ」 「はい」 ノックをして、ドアノブに手を掛ける。 「失礼します」 部屋には長机があり、審査員が3人座っていた。 番組のプロデューサー、ディレクター、それから…… 「放送作家の佐野です」 端の席に座り、そう頭を下げたのは元相方の佐野だった。コンタクトはやめたのか、黒縁メガネを掛けてる。 あいつは放送作家になったんだから、いつか現場で再会する日がくることはわかっていた。でも、こんなに早く…… 「陽向さん」 ヨルに耳打ちされ、ハッと我に返る。 佐野のことはヨルだって気づいているはずだ。もちろん、向こうだって。 でも今はそんなこと、気にしてる場合じゃない。 「Wアッシュです! よろしくお願いします!」 とにかくネタに集中して、今の俺らをぶつける。 もうキューブじゃない、俺はWアッシュだ。 ネタが終わって楽屋に戻ると、もう抜け殻状態だった。 次々人が帰って行く楽屋で、机に突っ伏して動けない。 「陽向さん、大丈夫ですか?」 「おお……まさか佐野がいるなんて思わなくて」 「驚きましたね。もう番組の放送作家さんをしているなんて、すごいです」 解散前から動いていたおかげなのか、放送作家として敏腕だったのか。 ついこの前まで同じ若手芸人として横に立っていた相方が、今やお偉いさんたちと並んで俺らを選ぶ立場になっている。 数ヶ月の間に、雲泥の差だ。 もしかしたら、佐野が俺らを呼んだのかもしれない。 単純に応援してくれているのか、興味本位でどんなもんだか見ようとしたのか。 5年も一緒にいたのに、俺はあいつが何を考えてるのかさっぱりわからない。 「飲み物買ってくる」 「僕が行きますよ」 「いい。ちょっと頭冷やしてくるわ」 廊下に出て、トイレ近くにあったはずの自販機に向かう。 ……あ、財布忘れた。スマホにチャージしてあったか。 「椎名!」 反射的に振り返ると、佐野が走ってきていた。 「佐野……」 「久しぶり。Wアッシュってお前らだったんだな、驚いた」 「知ってて呼んだんじゃねえのかよ」 「下っ端作家にそんな権限ないって。ハイエナの芸人がいるってディレクターが聞きつけて、見たいって言ったからさ。あの相方、事務所に入れたのか」 「いや、社長に反対されて俺が事務所辞めた。今はフリーだよ」 俺が現状を伝えると、佐野は「へー」だの「ほー」だの新鮮に驚いていた。 俺らのことは、まったく佐野の耳には入っていなかったらしい。 「まあお前も辞める気だったんだから、獣人と組んで良い経験できるといいな」 なにか引っかかる。 佐野の顔はにこやかで、嫌味を言っているようには見えないが。 「俺ら、本気で売れようとしてんだけど」 佐野が豆鉄砲を食らったような顔をした。 こいつ、俺が芸人として最後の思い出作りにヨルと組んだと思ってたな。 「人獣コンビなんて売れないと思ってんだろ」 「いや、それは……でも現実的に……」 芸人を選ぶ立場になった佐野は、獣人がどれだけキャスティングされづらいかわかっているんだろう。 ついこの前まで芸人として夢見てたくせに、急に現実わかったような顔しやがって。 佐野はまだ何か言いたげだったが、黙って俺の肩を叩いた。 「ま、お互い頑張ろうな。どっかで仕事できるの楽しみにしてるよ、ヒナ」 からかうようにそう言って、佐野は廊下の奥に消えて行った。 自販機はもうすぐそこだったが、楽屋に踵を返す。一刻も早く、この建物から出たい。 「陽向さん」 「うわっ! なんだよ、ビックリしたー」 廊下の角からヨルが現れた。 「遅いので、迷ってるんじゃないかと思って」 「ああ、いや、ちょっと……な」 なんとなく誤魔化して、そのまま歩く。ヨルが横に並んだ。 「陽向さん、僕以外に下の名前で呼ばせてないって言いましたよね?」 「なんだよ急に」 「佐野さんには呼ばせてるんですね」 ピタッ、と足が止まった。二、三歩先を行ったヨルが振り返る。 目が笑ってない。 「べ、別に呼ばせてねえよ」 「さっき呼んでたじゃないですか。『ヒナ』って」 聞いてたのかよ! いつから見てたんだ!? 「『陽向』って名前が可愛いから嫌だって言ってたのに、『ヒナ』なんてもっと可愛いあだ名で呼ばせて」 「呼ばせてねえよ。やめろって言ってんのに勝手にふざけて呼んでくるんだって」 「本当ですか?」 ヨルの灰褐色の目から光が消えてる。 怖い。これが肉食獣人の迫力か。 ヨルに肩を掴まれた。強い力、抵抗できないことを本能で感じる。 「嘘つくわけねえだろ。呼んでいいって許可してんのは、ヨルだけだよ」 そう言うと、ヨルが掴んでいた手を放した。 恐る恐る顔を上げると、ヨルが嬉しそうに笑っている。 「僕だけなんですね!」 「そうだよ。お前だけ特別だから……ッ」 瞬間、抱き寄せられていた。おいここ局の廊下! 「僕だけ特別なんですね。嬉しいです」 「わかったから放せよ! 誰か来たら……」 「あれ? 陽向さん、震えてます?」 今更気づいたのか、ヨルが首を傾げる。 「だってお前……凄むと怖ぇんだよ」 「怖がらせてしまったんですね。ごめんなさい」 俺の頭や背中をよしよしと撫でてくる。 子ども扱いすんなと振り解いてやりたいのに、何故か心地良くてされるがままになってしまう。 抱き枕にされた夜は、あんなに居心地悪かったのに…… 「ってかお前、話聞いてたのならもっと怒るところあるだろ。あいつ、Wアッシュをただの思い出作りだと思ってんだぞ」 「そんなの、これからの僕らを見て本気だってわかってもらえればいいですよ」 『そんなの』かよ。ヨルの怒りのポイントがわかんねえ。 遠くから足音が聞こえてきた。誰か来る。 「おい、もう放れろって」 「すみません。じゃあ、続きは帰ってからで」 「帰ったらネタ合わせ」 「はーい」 煌びやかなテレビ局から、俺たちはとっとと退散した。
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