彼女の履物

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「本当にこの通りで合ってるのか?」  隣を歩いていた秋声が訝しげに訊いてきた。  秋声のお父さんの店を後にした僕と秋声は、商店が建ち並ぶ大通りを歩いていた。  僕がこの時代に来た日のことだ。小夜さんとカフェーに行ったその帰りに、偶然立ち寄った『周易占断所』と書かれたのれんがかかった、見るからに怪しげな店。僕はそこで自身を占ってもらった。が、その時払い損ねた代金を、今でも払えず終いになっていた。  そして今日こそ払えるのなら払ってしまおうと思って来てみたものの、中々見つからず、その占いの店があると思われる近くを、僕らはさっきから行きつ戻りつしていたのだった。 「この通りで間違いないとは思うんだけど……」  割り切れない僕とは逆に、 「この辺に占いの店なんかあったかな?」  と、秋声は腕を組んで首を傾けている。  確かに僕なんかより、この時代のこの界隈を知っている秋声にそう言われてしまうと、自信がなくなってくる。あの日、この時代に来たばかりで動揺し、道を勘違いして覚えてしまっていることも考えられた。 「どんな店だ? 露店とかではないよな?」 「ちゃんと座敷がある店だったよ。のれんだって掛かっていたし」  僕の話はどこか信憑性に欠けるのか、秋声に、ふーん、と気のない返事をされる。 「どんな人がやってる店だったんだ? じいさんか?」 「日本髪を結った綺麗な女の人だったよ。キセルを吸っててちょっと怖かったけど」  それを聞いた秋声は、何やらニヤついた顔で僕を見て言った。 「それでノブやんは、その美しい占い師に心を取られたというわけだな? 千代ちゃんがいるっていうのに、罪深い男だね~?」と、勝手な解釈でもって僕をからかった。 「なんでそういう話になるんだよ」と僕は呆れる。確かに目を惹く美しさではあったが、それでは僕がただのまぬけと言われているようなもので、これだけ探しても店が見つからない理由にはつながらない。 「悪い悪い。それでノブやんは、その店で何を占ってもらったんだ?」 「うーん? 自分の存在意義? みたいな……」 「何だそれ? もっとあるだろ? 将来についてとか」  上手いこと言えなくて、呆れた顔をされてしまう。今思えば仕方がなかった。言い訳してしまえば、あの時はとにかく、何で自分がこの時代に来てしまったのかが知りたい一心で、その為ならほんの少しでいいから手掛かりが欲しかったのだ。でもそんな話、秋声にできるわけがない。  通りをくまなく覗いたが、あの占い師がやっている店は結局見つからなかった。 「もしかしたらその占い師もこの町にはもういないのかもな?」  秋声が言ったことは十分に考えられることに、今日のところは諦めることにした。
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