人間貴族1

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人間貴族1

「エリー、僕と、結婚してください」  輝くような金の髪に、緑の目。アーモンド形の形よい目がエリナを見つめて細まっている。  愛しくてならない、という表情を浮かべられて、エリナは困惑した。  だって、こんな、地位も名誉もすべて持ち合わせている青年――竜種の王、竜王たる彼が、赤毛にそばかす、目だけは空の色をしているとほめてもらえるけれど、それだけの、容貌の劣る上に地位なんて知らない平民のエレナに求婚する意味がわからない。  エレナはぎゅっとこぶしを握って、震える声で尋ねた。 「どうして、私なんかに求婚を……?」 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」  さっと頭から冷水を浴びせられたような心地がした。  運命の番、番……。  その言葉には、悪い思い出しかない。  跪いてエリナに求婚してくる竜王から一歩、距離をとる。  竜王は不思議そうに目を瞬いて「エリー?」とエリナの名を呼んだ。  懐かしい響きをもつ音で。  それを聞いてしまったから、それが、かつて何度も自分以外に向けられていた甘さを孕んでいたから、エリナは泣きそうにくしゃりと顔をゆがめてフルフルと首を横に振った。  竜種の城からお呼び出しがかかって、その呼び出しを断って暮らしていたのに――平凡な暮らしを謳歌していたのに、また前世のように竜種のごたごたに巻き込まれるのか、と思った。 「エリナ、あなたを幸せにしたいんです」 「私の……私の幸せは、あなたの隣にはありません……」  胸の前でぎゅっと手を握り締めて、目からぽろぽろと涙を流してうずくまるエリナは不敬だろう。それでも、金の髪をした美しい竜王はエリナをそっと抱きしめて、エリナが泣きじゃくるのをあやしてくれて。  ずっと、ずっと、泣き止むまで背を叩いてくれた。  それが、どこか遠い記憶の「あの子」に似ている気がして、エリナはまた、ぽろりと涙をこぼした。  かつて、エリスティナだったときの――前世の、凄惨な記憶の中で、唯一幸せだった想いの欠片。  ――クリス。またあなたに会いたい。  苦手なはずの竜王の、少し低い体温は、あの愛しいだけの子供のそれに、よく似ていた。  ■■■  ――私は全く、幸せなんかじゃなかった。  ブルーム王国、この国の名前を美しい名前だという人もいるけれど、エリスティナはまったく綺麗だとは思わない。  竜の住まう国、別名竜神国。竜の咲かせた花が土地になったから、ブルーム王国、だなんてばかばかしい。地上最強種として有名な竜が治めるブルーム王国は、大陸の中央に存在する広大な土地を持つ国だ。  肥沃な大地に様々な鉱石が豊富に摂れる鉱山、観光地にもなり、水資源も豊富な湖がそこかしこに存在し、穏やかな気候と巨大な港、という、この世の楽園のような国。それがブルーム王国だ。  ――対外的には、そりゃあもう素晴らしい国だろう。  侵略されても最強種である竜種が守ってくれる。竜種が敗北することはないので永久的に平和な国。……けれど、この国にはエリスティナが大嫌いになる理由があった。  この国には、人間種の貴族と竜種の貴族がいる。  竜種に平民はいない。竜種はみんな貴族だからだ。  平民以下は人間ばかり。なぜなら竜種は人間を守ってやっている偉い存在、だから人間は傅け、と。そんな主張がまかり通る、人間差別のひどい国、それがブルーム王国だ。  エリスティナはそんなブルーム王国の数少ない人間貴族のうちの、そこそこの身分である伯爵家に生まれた8人目の娘だ。  8人、8人だ。8人も子供がいるから、エリスティナは伯爵家という身分にも関わらず、竜種の貴族が食べているような贅沢なものを食べたことがないし、肉だって白いパンだって食べられる日が少ない。だから常にやせぎすの子供っぽい体系の、赤毛の少女だった。  ならば8人も子供をつくらなければいいじゃないか、と思うだろう。違うのだ。  この国の人間貴族は、言ってしまえば竜種貴族にとっての家畜なのだ。  この話をする前に、まずは番の話をせねばなるまい。  番、とは、竜種の伴侶のことだ。竜種には雄しか生まれず、したがって多種族を伴侶にする必要がある。  その中でもっとも相性のいい――魂が呼び合うレベルだという――存在を、番、という。  もちろん、番でなくても子供ができることはある。けれど、番以外と子をなしてもけして優秀な子は産まれず、竜種は番を裏切ったという苦痛に苦しむことになるのだという。  番は人間に生まれる。番は、血筋ではなく魂で決まるらしい、らしいが、彼ら竜種は選民思想のようなものを持っているらしく、番の実家の身分をなるべく高くしたい、と言い出した。  そうして生まれたのが人間貴族だ。
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